ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-


心から嬉しいことが起きたとき、人間というものは、その大きな喜びをどう表現していいか、わからなくなってしまうらしい。

ストンと廊下の椅子に腰を下ろして、ぼうっと足元を見つめる。

病室から、お姉ちゃんとおーちゃんと、叔母さんたちの話し声が聞こえてきた。


……1年ぶりのお姉ちゃんの声は、少し掠れていて、どこか弱々しい。

だけど、とても懐かしい。

ずっと、聞きたかった声だ。


……あ、やば……。

また、泣きそう……。


じわっと目頭が熱を持ったとき、目の前にジュースの缶がスッと差し出された。

顔を上げると、わたしを見下ろしていたのは慎くんだった。


「目、これで冷やしなよ」

「……あ……、ありがとう」


缶を受け取ると、わたしはさっそく目元に当てがった。

ひんやりとした心地が、ヒリヒリする肌にしみた。

< 353 / 405 >

この作品をシェア

pagetop