ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
心から嬉しいことが起きたとき、人間というものは、その大きな喜びをどう表現していいか、わからなくなってしまうらしい。
ストンと廊下の椅子に腰を下ろして、ぼうっと足元を見つめる。
病室から、お姉ちゃんとおーちゃんと、叔母さんたちの話し声が聞こえてきた。
……1年ぶりのお姉ちゃんの声は、少し掠れていて、どこか弱々しい。
だけど、とても懐かしい。
ずっと、聞きたかった声だ。
……あ、やば……。
また、泣きそう……。
じわっと目頭が熱を持ったとき、目の前にジュースの缶がスッと差し出された。
顔を上げると、わたしを見下ろしていたのは慎くんだった。
「目、これで冷やしなよ」
「……あ……、ありがとう」
缶を受け取ると、わたしはさっそく目元に当てがった。
ひんやりとした心地が、ヒリヒリする肌にしみた。