ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
04.甘い熱
先に沈黙を破ったのは、おーちゃんだった。
「愛花」
なにかを諦めたようにわたしを呼ぶその声は、柔らかくて、とろけるような甘さを含んだ、とても優しいものだった。
おーちゃんはゆっくりとこちらに近づくと、もう一度わたしの手をとった。
けれど、さっきの乱暴さと打って変わって、まるで壊れ物に触れるみたいに、すり、と手の甲を撫でられる。
「……帰る前に話、聞くから。とりあえず、移動しよう」
わたしは鼻をすすりながら、弱々しく頷いた。
駅前で声を荒げてしまったわたしは、おーちゃんまで巻き込んで、完全に見せもの状態になっていた。