ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
05.寂しい呟き
——いちについて、よーい。
——ピッ!
笛の音が聞こえたと同時に、思いきり地面を蹴った。
これ以上は無理、というくらいに精一杯の速さで駆けて、風をきる。
バタバタと交互に出している足が、意識するあまり途中で順番がこんがらがってきて、危うくもつれそうになった。
なんとかそれをこらえて、わたしはゴールラインの向こうに、タンッ、と踏み込んだ。
「愛花、おつかれ」
近くでストップウォッチを持って待っていた相方に、息を整えながら駆け寄る。
「どうだった?」
「えっとね、8秒9」
「やっぱり……。遅くなってる」
去年よりも下がってしまった記録に、わたしは肩を落とした。
ストップウォッチを次の人に交代しながら、クラスメイトの汐里ちゃんは「わたしもだよ。やっぱり歳かなあ」とおどけたように言った。
やだあ、と笑い合いながら、グラウンドの中央に集まっている走り終わった組の中へと紛れる。