転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
『そうそう、産休や育休を取得したいときが来たら、遠慮なく言うのよ? 職場環境はもちろんだけど、先生たちのプライベートが充実して心の安定が保たれていることが、結果的に子どもたちの笑顔にも繋がるのだし』


 1週間ほど前……職場のボスである校長の土屋が、笑顔でそんなことを言っていた。

 その話を聞いたときは、産休なんて一体いつになることやら、なんて他人事に思っていたけれど。


(……避妊、するんだ)


 正直な話、今の自分に人の親になる覚悟があるかどうかはわからない。
 だけどいざ春人が迷いなくそれを取り出したところを目の当たりにして、結乃の心が一抹の寂しさのようなものを覚えたことに気づき、自分でも戸惑う。

 そしてその戸惑いが、表情にも出てしまっていたのだろうか。
 春人は黙り込む結乃の顔を見るなり、何かに気づいたように頬に手を寄せた。


「結乃?」


 大きな手のひらの感触にハッとし、結乃は慌てて笑顔を繕う。


「あっ、あの、えっと……一応夫婦なんだし、別につけなくてもいいですよ?」
「え? ……いや、いい」


 彼女の言葉で一瞬きょとんとした春人は、けれどもやけにキッパリと首を横に振った。

 そのことにまた結乃はひそかなショックを受けたのだが、すぐに春人が言葉を加える。


「いや違う、今の言い方だとそのままでしたくないみたいに聞こえたかもしれないが、そんなことはありえなくて……むしろ吝かではないというか、結乃の感触や体温を何の隔たりもなくそのまま感じたいのは正直なところで、だけど俺の我慢がきかずに暴走して経験のない結乃にあまり負担をかけてしまうのはどうなんだと思う一方、俺個人としてはもし子どもが産まれるとなったら結乃似の女の子がいいなと勝手に考えたこともあるんだが、でも結局のところきみとの間に授かった子なら性別やどちら似かなんて関係なく愛おしくてたまらないのだろうと確信はしている」


 ……今のは本当に、目の前の人物が話したのだろうか。
 通常の春人ではありえない長さのセリフに困惑した結乃は、今度こそ思考も動きもフリーズした。

 そんな彼女を見て、春人も自身のおかしさを自覚したようだ。
 気まずそうな顔で「あー」と独り言を漏らしたかと思うと、ひとつ咳払いをしてから改めて結乃と視線を合わせる。
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