転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
6:騎士は告げ、魔女が火をつける
──埃っぽくて、煙たい。
大勢の人間の足音、現実離れした轟音や金切り声が、あたりに溢れていた。
けれども板張りの床に転がったまま動けないユノの耳には、そんな騒音さえもどこか遠くのことのように聞こえる。
やけに熱く感じるのは、矢を穿たれた傷口付近か。ユノの背中側から胸へと貫通しているそれに震える腕を持ち上げて触れると、染み出した赤い血でべっとりと手のひらが濡れた。
(……ああ、これは、だめだな……)
矢じりに毒が塗られていたのだろう。射られた衝撃で床に倒れ込んですぐ、身体の自由が利かなくなってきていた。
まさに今死が近づいているというのに、頭は意外と冷静で。徐々に冷たくなって命の灯火が消えていく自分を、どこか他人事のように分析する。
戦争に駆り出されることが決まってから、最悪、こんな未来が待ち受けているかもしれないのは覚悟していた。
だけどやっぱり、悔しい。戦争なんてものがなければ、自分はこれからもっと、大勢の患者を癒し助ける事ができたはずだったのに。
(おとうさん、おかあさん、ごめんなさい……)
ひとり娘が両親より先に逝くなんて、ひどい親不孝だ。
悲しいよね。悲しませてごめんね。でも、あなたたちの娘に生まれて、幸せでした。
虚ろな目には、もうほとんど何も映っていない。けれどもユノの脳内ではこれまでの人生で出会ったたくさんの人の顔が次々と浮かび、そして消えていく。
そうして最後に思い出した幼なじみの顔は、こんなときでも無表情で。
(やくそく、まもれなかったなあ)
互いの無事を祈り合ったあの夜の記憶が、頭の中に流れる。
ごめんね。不器用で口下手なきみがせっかく伝えてくれたのに、もう会えそうにないや。
ああ、でも、そうか。
ここで自分が死んでしまったら、何でもない顔で痛みを隠してばかりのあの面倒な幼なじみに気づいてあげられる人が、いなくなっちゃうのか。
(それは……困った、なあ)
思考が闇に沈んでいく。もう、ピクリとも身体を動かせない。
意識が完全に途切れる直前、ユノはゆっくりとまぶたを下ろした。