転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
「そう言ってもらえるとうれしいです。春人さん、また髪がびしょ濡れですよ」


 指摘すると春人はじっと結乃を見つめてから、屈んで彼女に顔を近づけた。

 拭いてくれ、という意思表示だろう。彼はたまにこうして、わかりやすく甘えてくるのだ。

 さらに頬を緩めた結乃は「仕方ないですねぇ」と言って、椅子に座ったまま彼の肩にあるタオルへと手を伸ばす。
 昔はよくこうして、妹の髪も乾かしてやったものだ。生粋の長女気質な結乃は、甘えられると断れない。

 湿った髪をわしゃわしゃと強すぎない力で拭いてやれば、自分と同じシャンプーの香りが降ってきた。彼と目を合わせないように、平常心を装いながらひそかにドキドキしていると、不意に片手を掴まれて一際大きく心臓がはねる。


「……あ、」


 つい、視線を上げてしまった。
 妹とは似ても似つかない──熱を孕んだ切れ長の目が、自分を見つめている。

 止める間もなく指先で顎をすくわれて、唇が重なった。
 反射的にぎゅうっとまぶたを閉じる。春人の匂いが濃くなり、それだけで結乃の背筋に甘い痺れが走った。

 角度を変えながら、唇の表面だけを食まれる。だけどその奥にある心地良さを知っている結乃は、キスの合間にもどかしく熱い吐息をこぼした。

 さっきとは立場が逆だ。もっと深いところで触れ合いたくて春人の胸もとにすがりつく結乃は、その仕草が彼の欲を煽っていることを知らない。

 結局これ以上キスが深くならないまま、唇が離れた。

 僅かに呼吸を乱しながら、結乃はおそらく無意識で物足りなさげな上目遣いを春人に向ける。

 至近距離にあるうるんだ眼差しに春人はゾクリと気分を高揚させ、鼓動を速めた。


「……いいか?」


 ただそのひとことで、何を求められているか理解してしまった結乃はかあっと体温を上げる。

 羞恥に堪えきれず視線を外しながら、それでも彼女は小さくうなずいた。
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