転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
 気づいた春人が、先ほどドアを開けた結乃を呼んだときよりもいっそう目もとを愛おしげに緩めた。

 自分へと向けられるとろけきった眼差しに、結乃の心臓が大きくはねた。
 腹部に回された彼の手が動き、不埒にへその下あたりを指先で引っかかれて艶の混じった吐息がこぼれる。

 かり、と右耳のふちに軽く歯を立てられたところで、限界がきた。過剰なほどビクンと身体を揺らした結乃は、渾身の力で春人の手を振りほどいてなんとか甘い檻を脱出する。


(なにするんですか……!)


 真っ赤になって目をうるませた結乃は唇の動きだけで精一杯の抗議を伝えると、春人の反応を待たずに慌ただしく部屋を出ていってしまう。

 あれだけ焦っていながら足音にもドアの開閉音にも最後まで気を遣い続けていた妻の背中を見送った春人は、とうとう堪えきれず顔をほころばせた。


「ふっ……」


 それは本当に小さな、ほとんど吐息のような笑い声。
 けれども春人の口から漏れ出たそれを聞いたウェブ会議の相手たちは、内心で一斉にざわつく。


《(は? なんださっきの色気しかない笑い声は……)》
《(いやまさかでしょ、黒須副社長が笑うなんて)》
《(耳が……耳が犯された……)》


 誰もが声には出さないまま騒然とする中、ただひとりだけがあっさりと全員の気持ちを代弁した。


《副社長、どうかしたか?》
「……いや、なんでもない。続けよう」


 ユーアソシエイトCEOである仁の問いかけに、春人は軽く咳払いをしてからいつもの平坦な声音で答える。

 ふたりのやり取りを聞いていた部下たちに、またいっそうどよめきが生まれる。


《(え、やっぱり今のって副社長だったのか……?!)》
《(副社長の笑い声初めて聞いた……!!)》
《(クールを通り越してもはや雪像とも言われる、あの黒須副社長が?!!)》


 春人の笑い声ひとつで水面下に様々な感想が飛び交う中、遠い目をした仁だけが確信を持って《(嫁だな)》と内心でひとりごちていた。










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