転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
3:はじまりの夜と足りなかった覚悟
◆ ◆ ◆
月の綺麗な夜だった。
「──こんな時間に、何をしてる」
鋭く凛としたその声が聞こえた瞬間、ユノは足を止めて素早く背後を振り返る。
闇に包まれた庭園は、月明かりと手もとのランタンだけが頼りだ。靴音とともに近づいてくる明かりと影に、身を固くする。
ここが安全な王宮内とはいえ、今は深夜。狼藉をはたらこうとする者は、たいていこんな時間に動くのが定石である。
あらゆる可能性を考えて緊張が走るが、暗がりから姿を現した人物を見て強ばっていた肩から力を抜いた。
「なんだ、ハル……ラノワール殿、でしたか」
つい気安く愛称を呼びそうになり、仕事モードで言い直す。
すると目の前にやってきた男は、自分と同じようなランタンを片手にその端整な顔を僅かながらしかめた。
「いつも言ってる。気持ち悪いからそれはよせ」
王宮で働く女性たちの熱視線の的である『氷の騎士様』から、にべもなく『気持ち悪い』と言い放たれる自分……ある意味かなり稀有な存在なんだろうなあと考えつつ、ユノは「はいはい」と答える。
(まあ……この『気持ち悪い』は、私がどうっていうよりは呼び方と敬語が慣れなくての『気持ち悪い』なんだろうけど)
何しろこの無表情言葉足らずとは、かれこれ16年ほどの付き合いなのである。
ハルトの端的な言葉の裏に隠された感情を読み解くことは、ユノにとって患者に治療を施すよりも簡単になってしまった。