転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
 自分が死ぬ前、ハルトと最後に会った王宮の庭園でも……彼と、抱擁を交わしたことがあった。

 後にも先にも、彼とあんなふうに触れ合ったのは一度きりだ。先日春人に抱きしめられたときその出来事が脳裏によぎって、何ともいえないむず痒さを感じたのを覚えている。

 コート越しにもわかる引き締まった身体は、騎士として鍛えていた前世の頃と同じように大きく、あたたかかった。

 浸かっている湯のせいじゃなく、かあっと顔に熱がのぼる。そしてふと、自らの身体を見下ろした。

 湯に隠れている胸は、小さくはないが特別大きいわけでもない。全体的に華奢で、お世辞にも色気のある身体付きとはいえないと自覚している。

 こんな自分の身体でも、春人は満足してくれるのだろうか。彼はきっともっと、セクシーで抱き心地のいい女性とも経験があるだろう。

 ──……それに。

 結乃はそっと右手を持ち上げ、自分の胸もとへ手のひらを滑らせた。
 指先に覚えた感触に、自然と眉を下げて唇を結ぶ。


(ハルトは、“これ”をどう思うだろう)


 彼女の右胸のあたりには、生まれつきケロイドのような痣がある。

 それはちょうど、前世で毒矢を受けた箇所で──直径3センチほどのその痣は、結乃にとって前世の悪夢を思い出させる嫌なものだった。

 綺麗とはいえないこんな自分の身体をさらけ出すことに、抵抗がある。過去に付き合った男性へも感じたことだけれど、殊更春人に対してはその思いが顕著だった。

 幻滅されたくない。……他の女性と、比べられたくない。

 春人は、そんな人間じゃないとわかっているはずなのに──なぜかどうしても結乃の心をモヤが覆って、痛むはずのない痣が疼く気がするのだ。

 湯船の中で膝を抱え、深く息を吐き出す。
 そうして結乃は、不安を振り切るように立ち上がった。
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