転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
『おまえは本当に、目敏いな』
『あなたは本当に、言わなさすぎ!』


 嫌味を込めたつぶやきに同じような調子のセリフを返し、ユノはハルトにこの場へ腰を下ろすよう伝えた。

 自分の通う剣術道場のひとり娘であるユノの頑固さを、ハルトは身をもって理解している。
 命ぜられるまま地面に座り込んだ彼の目の前にひざをつき、ユノは持っていた薬箱を開けた。

 小さな手が、慣れた様子でハルトの痛めた左手首に軟膏を塗り広げていく。
 その光景を見下ろしながら、自然とハルトは口を開いていた。


『別に、そうやって俺にまで構うことない。俺と親しいと思われれば、おまえも他の奴らから何と言われるかわからないぞ』


 3ヶ月ほど前。元々世話になっていた師範が高齢を理由に引退を決め、次の指導者として紹介されたのがこの小さな道場を営むユノの父親だ。

 ハルトの実力はここへの入門当初から、同年代の他の門下生と比べ頭ひとつ抜きん出ていた。
 加えて輝く青銀色の髪に薄氷色の瞳を持つ彼は、見た者が思わず息を呑んでしまうほどの美少年である。ローティーンとは思えないクールな性格も、やんちゃで騒がしい子どもが多い道場内で殊更彼を浮いた存在にしていた。

 何かと目立つハルトを面白く思わない門下生の数は、ひとりやふたりじゃない。
 彼らがその鬱憤を晴らすように日頃からささやかな嫌がらせ行為をハルト本人にしていることは、幼いユノでも気づいている。
 本人が平気な顔をして何も言わないでいるから、ユノはこのことをひそかに父へ進言したことがあるのだけど──父には「こういうのは下手に周りが口を出すんじゃなく、当事者同士でケリをつけるものだ」と、諭すように言われてしまったのだ。
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