転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
「……本当に、すまなかった」


 春人の口から漏れた唸り声に、結乃はアイスティーのグラスに刺したストローでカラカラと氷を鳴らしていた手を止めた。

 彼にしては珍しく、目に見えて気落ちしているのが表情からよくわかる。
 失礼だとは思いつつも、結乃はくすりと笑みをこぼしてグラスをテーブルに置いた。


「もう、気にしなくて大丈夫ですって。謝らないでください」
「いやでも、長いこと結乃を放置してしまって……」
「私は楽しかったですよ? 春人さんと五月女さんの稽古の様子が見られたの」


 そう言って本当に楽しげな様子で破顔する結乃に、春人はそれ以上何も言うことができず押し黙る。

 ここは、五月女武修館から歩いて5分ほどの場所にあるこじんまりとした純喫茶だ。初老の夫婦がふたりで切り盛りするこの店は、主に学生時代、剣道の練習の前後に春人がよく利用していた。
 そんな思い出の喫茶店を、今回春人は妻を連れ、数年ぶりに訪れている。

 ほとんど強制に近かった稽古の申し出を受けた、あのあと。
 春人は『まさかないとは思うが念のため……』と思いながら車に積んでいた剣道具一式、および剣道着と袴を身につけ、入念なストレッチののち五月女とのかかり稽古に臨んだ。

 そもそもかかり稽古とは元立ちと呼ばれる受け手に向かい、打ち込む側のかかり手が決められた時間内で素早く技を出し続ける練習法のことである。
 と、こう聞くと元立ちが一方的に攻められている図が出来上がりそうなものだが、ルールとして元立ちはかかり手に隙があれば容赦なく打ち込んでも良いことになっている。
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