桜の下に立つ人
「ずっと、勝手に見て……描いてたから……」

 悠祐からの返事はなかった。
 
「……」
「……」
「……」

 沈黙があんまり続くので、美空はつい、許しも得てないのに顔を上げてしまう。
 呆れられているのだと思ったのに、どうしてか頬を赤らめた悠祐がそこにいた。

「…………?」

 不思議に思ってじっと見ると、悠祐はさらに赤くなって、美空から視線を逸らした。

「いや、その。俺こそ……ごめん。この間は、やりすぎた」

 謝罪されるとは思っておらず、美空はぱちぱちと目を瞬いた。

「あんたみたいな、かわ…………子に見られてたとか、恥ずかしすぎて、つい……」

 “かわ”ってなんだろう。どうしてか突っ込んではいけない気がした。

「勝手に、描いてた、私が……悪い……から」
「確かに……無断でモデルにされるのは、勘弁だけど。それでも、あの絵にあんたがかけた時間や想いは、あんたのもんだし。あんな台無しにすべきじゃなかった」

 首の後ろをかきながら、ぽつりぽつりと語る悠祐を、美空は未知の生物にでも出会った気分で眺めていた。
 絵を描いた美空自身の気持ちをこんなふうにすくいあげてもらったのは、初めてかもしれない。美空の絵を見た人はみな、まるで美空の気持ちなどないみたいに、「なにも伝わってこない」「感情を込めろ」というから。
 美空はだた、描くのが好きで描いている。その想いが美空にとって一番大事で、悠祐の言葉にそれをありのまま認められたような気がした。本人にその意図はないのだろうけれど、美空には十分だった。
 無表情なことの多い美空の顔に、ほとんど無意識に笑顔が浮かんだ。それを真正面から目撃した悠祐は、また真っ赤になって勢いよくそっぽを向いた。
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