桜の下に立つ人
 また、だ。
 どうしてこの人たちは、他人のことをこんなに好き勝手言うのだろう。そんなに興味があるのだろうか。美空の言葉を聞こうとはしないくせに。
 一方的に質問してくることはあっても、それは盛り上がるネタを得るためであって、美空という人間を理解しようという意志など毛の先ほどもない。
 美空はこの一年で彼らの相手をすることに疲れきっていた。だから休憩時間はなるべく教室にいないようにしていたのに、まさかこんな形で悠祐まで巻き込んでしまうなんて。
 申し訳なくて、廊下側にいる悠祐を見ることができない。
 美空が座ったまま俯いている間にも、クラスメイトたちの聞くに堪えない噂話は加速する。しかしそれも、誰かの一言でさあっと静まった。

「私、浅井先輩が肩の故障で野球部辞めたとか聞いたんだけど、本当なのかな?」

 本人の目の前でなんと無神経なことを!
 美空はたまらず立ち上がった。両手で机の天板を力強く叩いてしまい、無音になった教室に物騒な音が響き渡る。周囲の生徒たちがびくりと震えた。
 恐る恐る美空の様子を窺う無数の視線を感じる。美空がなにを言うのかと固唾を飲んで待ち構えているのが分かる。けれど美空の胸の内は嵐のように荒れ狂っていて、到底言葉になどできそうにない。
 口を開いたら、ただひたすらに、どうして、と泣き喚いてしまいそうだった。それくらい、悠祐の傷ついた部分に無遠慮に踏み込んできたことが許せなかった。
 なにも言えないでいる美空に代わって教室中の注目を引き受けたのは悠祐だった。

「おしゃべりは終わったか?」

 誰よりも冷静な口調が逆に内に隠した怒りの大きさを物語るようで、誰一人言葉を発することができない。悠祐の口元は緩やかなカーブで笑みを作っているのに、目はちっとも笑っていなかった。
 悠祐は冷たい視線で室内を見渡す。

「こいつが誰となにしようがお前らには関係ないだろ。外野がピーピーうるせえんだよ」

 鍛えられた腹筋から発せられる力強い声に、生徒たちは一様にうなだれた。
 誰も返す言葉がないのを見てとると、悠祐は教室を出ていった。
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