桜の下に立つ人
 彼の姿がドアの陰に消えそうになって、美空は慌てて廊下に駆け出した。
 幸い悠祐の背中はまだ近くにあり、美空は駆け足を緩めるも、いつになく速い彼の歩調はついていくのも大変だった。
 悠祐は階段の踊り場まで降りてきてからようやく立ち止まって振り返る。
 一番上の段に踏み出したところで足を止めた美空は、手すりに捕まって上がった息を整える。

「なんなんだ、あいつら。いつもああなのか?」

 悠祐がのぞかせる苛立ちに、美空は自分に向けられたものではないと理解しつつ、ひゅっと息を呑んだ。

「いつも……は、あそこまでじゃ……ない、けど……」

 美空によく分からない質問を投げかけてきたり、その答えについて美空に聞こえない音量でこそこそとささやき合ったり、感じの悪い待遇を受けているのは否めない。
 まるで珍獣にでもなった気分だ。なにをしても物珍しさからか好奇の視線にさらされる。そしておかしいだのありえないだの否定されるのだ。

「気に入らないなら……放っておいて、くれればいいのに……」

 その方がお互い平和ではないのか。
 美空は彼らの目に触れないように、ひっそりと過ごしているつもりだ。それなのに、どうしてかいつの間にか注目の下に引きずり出されている。
 分かり合うつもりがないのなら、近寄らないでほしい。美空は見世物ではないのに。

「それは俺も同感だけど。無理なんだろ。あんたみたいな、存在自体が特別みたいなやつが近くにいたら、嫌でも自分の平凡さ浮き彫りにさせられるし。嫉妬で自分の醜さ思い知らされるし」

 特別という言葉が、美空の胸に刺さった。悠祐に突き放されたような気がした。美空の唇が震える。

「特別なんかじゃ……ない……」

 「特別」なんて、まるでいいことみたいではないか。美空は、ただ異質なだけだ。それゆえに誰にも理解されないのだ。
 美空のなにをうらやむというのだろう。普通の――自分の気持ちをほんの少し言葉にするだけで、多くの人に理解され、共感してもらえる人が、他者となにも分かち合うことのできない美空の、なにに嫉妬するのか。
< 17 / 45 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop