桜の下に立つ人
 美空を特別というのなら、特別とは、すなわち孤独だ。
 悠祐は、こんな美空とも普通に付き合ってくれる貴重な人間だと思っていたのに、彼にとってもやはり美空は異質なものなのだろうか。
 寂しさのような悲しさがこみ上げ、涙が出そうになって、美空はぎゅっと目をつぶった。唇を噛んで堪えようとする。そんな美空の頭に、ふっと柔らかく舞い降りる感触があった。
 驚いて目を開いたら、いつの間にか悠祐がすぐ前に立っていて、その手が美空の頭の上に乗せられていた。
 悠祐は、美空とまっすぐ目を合わせると、くしゃっと顔を歪めて笑った。

「だな。あんたはあんただもんな」

 そこで初めて気がついた。美空はずっと、誰かにそう言ってもらいたかった。
 この人はいつも美空をありのままに受け入れてくれる。
 誰か一人でも味方がいるということは、こんなに安心するものなのか。
 悠祐の笑顔をじっと見ていると、美空の頭の片隅にちらりと引っかかるものがあった。前にもどこかでこの顔を見たことがある。それは既視感だった。
 おぼろげなその感じをなんとか引き寄せようとすると、ぼんやりと記憶に付随する感覚が蘇ってくる。肌に照りつける強い日差し、人々の歓声、少年たちの笑顔……。
 美空ははっと目を見開いた。

「せんぱ……っ」

 口にしかけた言葉を、すんでのところで飲み込む。

「どうした?」
「あ、えっと……なんでも……」

 不思議そうに顔をのぞき込む悠祐に美空は首を振る。“不可侵協定”があるのだった。
 美空は慌てて話題をそらした。

「教室……なにか、用事……?」

 考えてみれば、悠祐は美空のクラスすら知らないはずだった。
 その答えを悠祐はポケットから取り出す。

「生徒手帳。昨日美術室に忘れてた」
「……あ」

 美空は制服の胸ポケットを押さえる。手ごたえのない中身は空っぽだ。絵を描いている最中に上着を脱いだから、そのときに落ちたのかもしれない。

「ありがとう……」
「ん」

 受け取って表紙をめくると、確かに「一年四組 結城美空」と記載された学生証が入っている。
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