桜の下に立つ人
「やっぱり……」

 グラウンドで揃いのユニフォームに身を包んだ仲間たちに抱擁されながら、写真の中心で太陽のように笑う少年。今よりも髪が短く肌が日に焼けていて、なにより表情が全然違うから、すぐには気づけなかった。

「浅井先輩、だったんだ……」

 美空の絵にきっかけをくれた人。写真に写しとれない想いを絵ならすくいあげられるかもしれないと気づかせてくれた。
 美空は初めて悠祐を桜の下で見つけたときのことを思い出した。暗い顔は似合わないと感じたのは、夏の試合で見たこの笑顔が美空の記憶の奥底にあったからだ。

「そっか……そうだったんだ……」

 じわじわと広がる実感を確かめるように、美空は何度も頷く。
 悠祐のいる桜の風景に心惹かれる謎がようやく解けて、胸のつかえがおりたようだ。
 そして不思議と気持ちがふわふわする。記憶の中の人物と悠祐が同一人物だと分かっただけなのに、彼と自分の過去に接点を見つけられたことが、どうしようもなく嬉しい。
 悠祐と出会ってからの美空はどうにもおかしくなってしまった。今まで画用紙に写しとるだけだった平坦な風景が、彼がいるだけで違って見える。
 桜の下に立つ彼の姿を思い起こして、美空は昨日までよりももっとその光景に焦がれている自分に気がついた。
 学校の桜はすでに五分咲きほどになっていて、もうすぐ満開を迎える。空気さえも染め上げる淡い桃色が、先に咲いたものからちらりちらりと舞い落ちていく中に、彼が立ったとしたら。きっと美空は、ただ見惚れていることしかできないだろう。
 現実には目にすることがないと分かっているその情景を、美空はひたすら脳裏に描き、飽きることなく眺め続けた。
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