桜の下に立つ人
美術室で一人の時間をぼんやりと過ごしていると、授業を終えた部員たちが少しずつ美術室に集まってくる。
おのおのに作品づくりの準備を始める彼らに合わせて、美空もまた、いつもの定位置である窓の正面に椅子とイーゼルを置いた。
スケッチブックを自分用の戸棚から取ってくると、描きかけのページを開いて、イーゼルに置く。
ここ二週間くらい、美空はずっと同じ絵を描いている。何枚も、何枚も。
鉛筆を手に取って、さあ続きを描こうと窓の外に目をやって美空は、あれ、と目を丸めた。いつもの場所に、彼がいない。放課後になると毎日桜の木の下にいたのに。
美空が窓の風景をきょろきょろと見回していると、突然背後から呼びかけられた。
「結城さん、先生が呼んでるから、準備室行って。スケッチブック持って」
「あ……はい」
振り返ったところに立っていたのは、部長の竹本だ。美空が頷くと、用は済んだとばかりに行ってしまう。
美空は開いたままのスケッチブックを抱えると、美術室の奥にある小さなドアから美術準備室に入った。
「結城、です。……先生?」
ドアの前に置かれたついたての向こうをのぞき込むと、美術部顧問の葉山が棚から書類を取り出しているところだった。
「ああ、結城さん。待ってたわ。座って」
教師用のデスクの向かいには椅子が一つ置かれている。デスクに着いた葉山と向き合う形で美空は着席した。
「話の内容はだいたい予想できてるわよね」
美空はこくりと頷いた。そろそろコンクールに出品する作品に着手しなくてはならない時期なのだ。
葉山は美空の作品をとても買ってくれていた。美空を美術部に誘ってくれたのも彼女で、コンクールへの出品も強く勧められているのだ。
「進捗はどう?」
美空は無言でスケッチブックを差し出した。まだ描きかけのページである。
白い画用紙の上に、桜の下で少年が一人佇む風景があった。ここしばらく、美空の定位置から見える風景でもある。今はまだ鉛筆画だが、イメージが固まったら、きちんとした用紙に描き直し、水彩で色をつけるつもりでいる。
葉山はそれをじっくり眺めると、美空を安心させるように笑みをつくった。
「とても雰囲気のある絵ね。いいと思うわ」
美空はぱっと顔をほころばせた。しかし、葉山が即座に「でも」と続けたのを聞いて、表情はこわばる。