桜の下に立つ人
「あんた、ホントにいつもそこに座ってんのな」
いつの間にか隣に立っていたのは悠祐だった。まさか彼が自分から美空に近づいてくるとは思いもよらなかったので、美空は彼をまじまじと凝視してしまう。
そんな美空に気が付かない様子で、悠祐は窓からの風景を見て納得したように「ふうん」ともらした。
「確かに、ここからだとよく見えただろうな」
桜の木のことだ。美空はなんと答えたらよいのか分からず、固まったまま悠祐の横顔を見つめる。悠祐は独り言のように続けた。
「まさか、こんなところから見られてたなんてな。ここのやつらは、キャンバスばかり見てるのかと思ってた」
そこでようやく彼は美空のほうを向いたので、美空は反応を求められていることに気づく。たどたどしい口調を恥じながら、美空は思うところを懸命に口にした。
「……キャンバスに……向かってる時間は、長いけど。キャンバスの中に……描きたいものは、ないから……」
自分がなにを描きたいのかさえ理解できていない美空だが、それくらいは分かる。描く対象はいつでもキャンバスの外側だ。
悠祐はどうしてか眩しいものでも見るように目を細めた。
「絵は、いいな。作品が残るから」
それは、いいことなのだろうか。美空には分からない。
「作品しか、残らないです……」
誰にも理解されない作品だけが残っても、寂しさばかりが募る。
だけど、悠祐は自嘲するように、ふっと笑った。
「なにも残らないよりマシだよ」
あ、そうか……。
本当に唐突に、美空は理解した。いや、なんとなく感じていたことが、実感を伴って腑に落ちたというべきかもしれない。
この人は、傷ついているのだ。
ただその一つの事実が、美空のぼんやりとした頭の中にはっきりと浮かんだ。
「ごめんなさい」
その言葉が、驚くほどすんなりと出た。
「なにが」
頭を下げている美空からは、彼の表情を確認できない。けれど、悠祐が鼻白んでいるように感じた。
いつの間にか隣に立っていたのは悠祐だった。まさか彼が自分から美空に近づいてくるとは思いもよらなかったので、美空は彼をまじまじと凝視してしまう。
そんな美空に気が付かない様子で、悠祐は窓からの風景を見て納得したように「ふうん」ともらした。
「確かに、ここからだとよく見えただろうな」
桜の木のことだ。美空はなんと答えたらよいのか分からず、固まったまま悠祐の横顔を見つめる。悠祐は独り言のように続けた。
「まさか、こんなところから見られてたなんてな。ここのやつらは、キャンバスばかり見てるのかと思ってた」
そこでようやく彼は美空のほうを向いたので、美空は反応を求められていることに気づく。たどたどしい口調を恥じながら、美空は思うところを懸命に口にした。
「……キャンバスに……向かってる時間は、長いけど。キャンバスの中に……描きたいものは、ないから……」
自分がなにを描きたいのかさえ理解できていない美空だが、それくらいは分かる。描く対象はいつでもキャンバスの外側だ。
悠祐はどうしてか眩しいものでも見るように目を細めた。
「絵は、いいな。作品が残るから」
それは、いいことなのだろうか。美空には分からない。
「作品しか、残らないです……」
誰にも理解されない作品だけが残っても、寂しさばかりが募る。
だけど、悠祐は自嘲するように、ふっと笑った。
「なにも残らないよりマシだよ」
あ、そうか……。
本当に唐突に、美空は理解した。いや、なんとなく感じていたことが、実感を伴って腑に落ちたというべきかもしれない。
この人は、傷ついているのだ。
ただその一つの事実が、美空のぼんやりとした頭の中にはっきりと浮かんだ。
「ごめんなさい」
その言葉が、驚くほどすんなりと出た。
「なにが」
頭を下げている美空からは、彼の表情を確認できない。けれど、悠祐が鼻白んでいるように感じた。