お見合い夫婦!?の新婚事情~極上社長はかりそめ妻を離したくない~
「果歩ちゃん、果歩ちゃん」
小声で呼ばれて振り返ると、荒原不動産の社長夫人である文代がにこやかな顔をして立っていた。今年還暦を迎えた彼女は見た目が五十代前半。すらっとした体型に意志の強そうな顔立ちをした美人だ。でも話してみると、気取ったところはなくとても親しみやすい。
「はい、なんでしょうか」
テーブルの上で書類をトントンとまとめ、果歩も笑顔で返す。
「ちょっといいお話があるの。こっちへいいかしら」
小さく手招きをして果歩を窓口から離し、文代が連れていったのは奥にある応接スペースだった。
普段はマンションやビルのオーナーなどの取引先を通す場所。パーティションで区切っただけのこぢんまりとしたそこに、どことなく密やかな様子で文代が座り、向かいを手で指す。座ってと言いたいのだろう。
(いい話ってなにかな……?)
もしかしたら昨夜読んだ本の話かもしれない。文代はハードボイルド系のミステリー小説が大好きで、その話をよく果歩に聞かせてくれていた。