Sweet Strawberry Trap 御曹司副社長の甘い計略
 だからその日、バイトに出勤する直前、店のドアの手前で宗太さんに呼び止められたとき、自分でも驚くほど、なんの感情も沸いてこなかった。

「……宗太さん」
「エリカ……会いたかった」

 そう言われて抱きしめられても、すぐには心が反応しなかった。

「ごめん、すぐに迎えに来られなくて」
 祖父が危篤になって身動きが取れなかったんだ、と事情を説明する彼の声もなかなか心に響かない。

「離して……人が見てるから」
「嫌だ。離さない」
 宗太さんは背中に回した手に力をこめる。 

「叔父さんから写真の話は聞いたでしょう。やっぱりわたしたちの結婚なんて、はじめから無理だったのよ」

「そんなことないって」

 エリカ、ぼくのエリカ……そうつぶやきながら、宗太さんはわたしの髪に口づけを繰りかえした。

 そして、わたしは……
 彼の温もりが、心を覆う固い殻に、少しずつひびを入れていくのを感じていた。

 これまで抑えていた感情が、怒涛のように押し寄せてきた。

 宗太さんがいなくても平気なんて、嘘だ。
 本当はこの腕が恋しくてたまらなかった。
 離れたくなんかない。
 ずっとそばにいたい。

 でも、彼のために、身を切る思いであの部屋を出た。
 その気持ちに、ひとかけらの偽りもない。

「もう離して。無理なものは無理なんだから……」

 言い争うわたしたちのそばに一台の車が近づいてきた。

 運転席には湊さん。
 宗太さんはわたしの手をつかみ、強引に車に乗せようとした。

「一緒に来て」
「だって、わたし。これから店に出ないと」
「もうぼくが断りを入れてあるから」
「でも、わたしはもう宗太さんとは……」

 押し問答をしているうちに、道行く人が、私たちの様子がおかしいことに気づいて、遠巻きに見物しはじめた。

 スマホを取り出す人もいる。

「話は車のなかでしよう。早く乗って」
 わたしはしぶしぶ、車に乗った。
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