あなたが私を選んだ理由に、断固異議あり!
「ありがとう。これでだいたいのことはわかったよ。」

分かったとはいっても、たいしたことは書いてない。
本当にこんなので良いのかな?



「あ、あの…
うちは本当に普通の庶民ですが、大丈夫なんでしょうか?
お父さんはそんなに有名じゃない会社の課長で、お母さんはパートに出てて、家はありきたりな建売住宅で、先祖にもたいした人はいませんし…」

東條さんは、私の話にくすりと笑った。



「だから…そんなことは関係ないって。
本当はね、僕は能力主義なんだ。
だけど、今回は僕のミスに対するお詫びだし、幸い、君は事務希望だから。
事務歴は長いの?」

「え、約5年です。」

「5年か…まぁ、普通だね。」

「は、はい。私、昔からなんでも普通なんです。
しかも、名前まで『ナミ』ですから。」

「え?あ…そういう意味か!」

東條さんは、明るく笑った。



でも、私にとってはコンプレックス。
頭も見た目も家庭環境も、特に悪いってわけではないけど、でも、良いってわけでもない。
私はなんでも平均的。
人に誇れるようなものは、何一つなかった。



(あ……)



でも、これからは違う。
このビルで働いたっていう職歴が付くんだ!



(夢みたい…!)



っていうか、もしやこれは夢??



でも、夢じゃなかった。
すごく綺麗な女の人が来て、お給料のことやら仕事のことやら、いろいろ詳しく説明してくれて…



「じゃあ、明日からよろしくね。」

「こ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。」

「あれ?大丈夫?なんだかまだ信じられないって顔してるね。」

「は、はい、まさにその通りです。
私、幸せ過ぎて夢みたいで…
ありがたくて申し訳ないような気分です。」

「……それって、本心?」

東條さんは、私を射抜くような視線で見つめてそう訊ねた。



「もちろん本心です!」

「じゃあ…もしも僕が困ったりしたら…君は僕を助けてくれる?」



(え?)



意外な言葉だった。
東條さんは、自信に溢れた人に見えるし、悩み事なんてなさそうだけど…
どうして、そんな弱気とも思えることを言うんだろう?



「私に出来ることなんて、たかが知れてるとは思いますが、私に出来ることがあればなんでもします!」

それは本心だった。
だって、憧れのベリーヒルズで働けるんだもん。
なんでもするよ。



「ありがとう!
君と知り合えて、本当に良かったよ。」

東條さんは微笑みながら、私の手を強く握りしめた。



「こ、こちらこそ。」

なんだかびっくりして頭の中は酷く混乱してたけど、私は無理して引きつった笑みを浮かべた。

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