今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
安寿は身体をよく洗って早々に風呂を出た。そして、ドライヤーで髪を乾かして、丁寧に歯みがきをした。
予想外に早くリビングルームに戻って来た安寿を見て、何もせずにソファにぼんやりと座っていた航志朗の胸の鼓動が急に早くなった。
安寿は航志朗の隣に座り、両手を固く握って膝の上に置いた。すぐに航志朗は安寿の肩を抱き寄せて、その腕の中に抱きしめた。安寿は身体を硬直させたが、航志朗は構わず安寿に口づけた。しばらくふたりはそのまま唇を重ね合っていた。安寿は身体が震えてくるのをどうしても止められなかった。その震えは恐怖からくるのか陶酔からくるのか、安寿にはまったくわからなかった。
航志朗にもうこれ以上触れてほしくないと思いながらも、もっと航志朗に触れてほしいと思ってしまう。安寿は相反する自分のさまよい続ける欲求に混乱したが、ついに安寿は航志朗の身体に手を回してしがみついてしまった。
その感触に身体じゅうを奮い立たせた航志朗は安寿を抱きしめる力をさらに強めて、より深くキスした。どうしてもそれに耐えられなくなった安寿は無理やり唇を離し、航志朗の肩の上で荒い息をした。航志朗は目を固く閉じて上半身を大きく揺らした安寿に小声でささやくように尋ねた。
「安寿、……本当にいいのか?」
安寿は航志朗の肩の上で小さくうなずいた。
「……ベッドに行こうか」
また安寿は小さくうなずいた。
航志朗は真っ赤になってうつむいた安寿の汗ばんだ手を握った。そして、ふたりは手をつなぎながら階段を上ってベッドルームに行った。心臓が口から飛び出そうなくらいどきどきし始めた安寿だったが、なぜか普通に階段を歩いて上っていることが嬉しかった。前回は包帯を巻いた左足を引きずっていたのだ。もう私は回復したんだ、もう大丈夫なんだという強い想いが安寿の足を上へ上へと運ばせた。
窓を閉めきったままのベッドルームは蒸し暑さがこもってもわっとしていた。先に真っ暗な部屋に入って航志朗はエアコンをつけようとしたが、安寿がカーテンを開いて窓を開けた。部屋の中に夜風が入って来て、たちまち空気が入れ替わった。
安寿が窓の外を見上げると、夜空には満月が浮かんでいた。航志朗が安寿に近づいて来て、後ろから安寿を抱きしめた。ふたりは何も言わずに東京の夜空を眺めた。安寿が航志朗を見上げると、航志朗の琥珀色の瞳が月の光に照らされて一瞬光った。安寿は航志朗のその瞳の色を少し怖いと思った。
航志朗はレースカーテンだけを閉じると、安寿をベッドに連れて行った。ふたりはベッドに腰掛けた。向き合って座り、互いの瞳を見つめ合う。航志朗は微笑みながら愛おしそうに安寿を見つめた。心のなかで安寿は切実に思った。
(これでいいんだ。私は間違っていない、きっと)
ふたりはゆっくりと口づけを交わした。最初は軽く、そして、だんだん激しく。航志朗は安寿のパジャマのボタンをひとつずつ上から外していった。安寿はパジャマの下にシンプルなコットンのキャミソールを着ていた。航志朗は安寿のパジャマを脱がして、そのままゆっくりと安寿をベッドの上に横たわらせた。ふたりは見つめ合い、それから安寿はぎこちなく航志朗の首に手を回した。航志朗は安寿の首筋に唇を這わせてキスし始めた。思わず安寿は何度も短い息をもらした。航志朗は安寿の首筋のしっとりと吸いついてくるような肌の感触に酔いはじめた。首筋だけでこんなにも興奮してしまうのだから、この下にはどんなに凄まじい感触を隠しているのだろうと航志朗は身震いしながら思った。航志朗はまた安寿に唇を重ねながら自分のパジャマのボタンを外して脱ぎ、半裸になって安寿に覆いかぶさった。安寿は目の前が急に真っ暗になって、息が止まりそうになった。
その瞬間、安寿は心のなかで叫んだ。
(……怖い!)
その時、航志朗は月明かりに照らされた安寿の姿を見下ろして気づいてしまった。安寿は微笑んでいる。確かに。だが、何か微細な違和感を感じる。それを認識して航志朗はがく然とした。安寿の口元は微笑んでいるが、目が笑っていない。自分を見つめる安寿の瞳の奥に流れる血が凍って青ざめているように感じる。それは他ならない恐怖の色そのものだ。
航志朗は思い知った。
(俺は、彼女を無理やり犯しているみたいじゃないか……)
すぐさま航志朗は身体を起こして深呼吸をした。それから安寿を抱き起こして、安寿にパジャマの袖を通させてボタンを留めていった。航志朗も自分のパジャマを床から拾って着た。そして、航志朗は安寿をそっと抱きしめて静かに言った。
「安寿、今夜はここまでだ」
呆然としながら安寿はかすれた声で言った。
「……どうして、ですか?」
「君は、まだ心の準備ができていない」
見る見る安寿の目に涙がたまり始めた。
「こ、航志朗さん、……ごめんなさい!」
安寿の涙はすぐにあふれ出してきて航志朗のパジャマを温かく濡らした。安寿は嗚咽しながら航志朗にしがみついた。航志朗は安寿を抱きしめて、その背中を優しくなでながら言った。
「安寿、謝らなくていい。君の本当の気持ちに気づかなかった俺が悪かった。……すまない」
安寿は頭のなかが混濁し自分を制することを飛び越えて、航志朗に悲痛な声で訴えた。
「航志朗さん、もっと、もっと、私にキスしてください。……あなたは、明日、また遠くに行ってしまうから!」
突然の安寿の心からの叫びに、航志朗は目を見開いた。航志朗は目を潤ませて安寿に軽く口づけた。安寿は航志朗に抱きついて唇を強く押しつけた。安寿と航志朗はベッドの上できつく抱き合い、上になって下になって唇を重ねた。ふたりは時間が経つのを忘れて、心のおもむくままに激しくキスし合った。
ベッドルームに差し込む月の光がゆっくりと動いていった。ふと航志朗が気がつくと、航志朗にしがみついたまま安寿は眠りに落ちていた。航志朗はタオルケットをたぐり寄せて自分たちに掛けた。遊び疲れて眠ってしまった子どものような安寿のあどけない寝顔を見つめて、思わず笑みをこぼす。航志朗は小声で切なくつぶやいた。
「安寿、俺は君を心から愛している……」
予想外に早くリビングルームに戻って来た安寿を見て、何もせずにソファにぼんやりと座っていた航志朗の胸の鼓動が急に早くなった。
安寿は航志朗の隣に座り、両手を固く握って膝の上に置いた。すぐに航志朗は安寿の肩を抱き寄せて、その腕の中に抱きしめた。安寿は身体を硬直させたが、航志朗は構わず安寿に口づけた。しばらくふたりはそのまま唇を重ね合っていた。安寿は身体が震えてくるのをどうしても止められなかった。その震えは恐怖からくるのか陶酔からくるのか、安寿にはまったくわからなかった。
航志朗にもうこれ以上触れてほしくないと思いながらも、もっと航志朗に触れてほしいと思ってしまう。安寿は相反する自分のさまよい続ける欲求に混乱したが、ついに安寿は航志朗の身体に手を回してしがみついてしまった。
その感触に身体じゅうを奮い立たせた航志朗は安寿を抱きしめる力をさらに強めて、より深くキスした。どうしてもそれに耐えられなくなった安寿は無理やり唇を離し、航志朗の肩の上で荒い息をした。航志朗は目を固く閉じて上半身を大きく揺らした安寿に小声でささやくように尋ねた。
「安寿、……本当にいいのか?」
安寿は航志朗の肩の上で小さくうなずいた。
「……ベッドに行こうか」
また安寿は小さくうなずいた。
航志朗は真っ赤になってうつむいた安寿の汗ばんだ手を握った。そして、ふたりは手をつなぎながら階段を上ってベッドルームに行った。心臓が口から飛び出そうなくらいどきどきし始めた安寿だったが、なぜか普通に階段を歩いて上っていることが嬉しかった。前回は包帯を巻いた左足を引きずっていたのだ。もう私は回復したんだ、もう大丈夫なんだという強い想いが安寿の足を上へ上へと運ばせた。
窓を閉めきったままのベッドルームは蒸し暑さがこもってもわっとしていた。先に真っ暗な部屋に入って航志朗はエアコンをつけようとしたが、安寿がカーテンを開いて窓を開けた。部屋の中に夜風が入って来て、たちまち空気が入れ替わった。
安寿が窓の外を見上げると、夜空には満月が浮かんでいた。航志朗が安寿に近づいて来て、後ろから安寿を抱きしめた。ふたりは何も言わずに東京の夜空を眺めた。安寿が航志朗を見上げると、航志朗の琥珀色の瞳が月の光に照らされて一瞬光った。安寿は航志朗のその瞳の色を少し怖いと思った。
航志朗はレースカーテンだけを閉じると、安寿をベッドに連れて行った。ふたりはベッドに腰掛けた。向き合って座り、互いの瞳を見つめ合う。航志朗は微笑みながら愛おしそうに安寿を見つめた。心のなかで安寿は切実に思った。
(これでいいんだ。私は間違っていない、きっと)
ふたりはゆっくりと口づけを交わした。最初は軽く、そして、だんだん激しく。航志朗は安寿のパジャマのボタンをひとつずつ上から外していった。安寿はパジャマの下にシンプルなコットンのキャミソールを着ていた。航志朗は安寿のパジャマを脱がして、そのままゆっくりと安寿をベッドの上に横たわらせた。ふたりは見つめ合い、それから安寿はぎこちなく航志朗の首に手を回した。航志朗は安寿の首筋に唇を這わせてキスし始めた。思わず安寿は何度も短い息をもらした。航志朗は安寿の首筋のしっとりと吸いついてくるような肌の感触に酔いはじめた。首筋だけでこんなにも興奮してしまうのだから、この下にはどんなに凄まじい感触を隠しているのだろうと航志朗は身震いしながら思った。航志朗はまた安寿に唇を重ねながら自分のパジャマのボタンを外して脱ぎ、半裸になって安寿に覆いかぶさった。安寿は目の前が急に真っ暗になって、息が止まりそうになった。
その瞬間、安寿は心のなかで叫んだ。
(……怖い!)
その時、航志朗は月明かりに照らされた安寿の姿を見下ろして気づいてしまった。安寿は微笑んでいる。確かに。だが、何か微細な違和感を感じる。それを認識して航志朗はがく然とした。安寿の口元は微笑んでいるが、目が笑っていない。自分を見つめる安寿の瞳の奥に流れる血が凍って青ざめているように感じる。それは他ならない恐怖の色そのものだ。
航志朗は思い知った。
(俺は、彼女を無理やり犯しているみたいじゃないか……)
すぐさま航志朗は身体を起こして深呼吸をした。それから安寿を抱き起こして、安寿にパジャマの袖を通させてボタンを留めていった。航志朗も自分のパジャマを床から拾って着た。そして、航志朗は安寿をそっと抱きしめて静かに言った。
「安寿、今夜はここまでだ」
呆然としながら安寿はかすれた声で言った。
「……どうして、ですか?」
「君は、まだ心の準備ができていない」
見る見る安寿の目に涙がたまり始めた。
「こ、航志朗さん、……ごめんなさい!」
安寿の涙はすぐにあふれ出してきて航志朗のパジャマを温かく濡らした。安寿は嗚咽しながら航志朗にしがみついた。航志朗は安寿を抱きしめて、その背中を優しくなでながら言った。
「安寿、謝らなくていい。君の本当の気持ちに気づかなかった俺が悪かった。……すまない」
安寿は頭のなかが混濁し自分を制することを飛び越えて、航志朗に悲痛な声で訴えた。
「航志朗さん、もっと、もっと、私にキスしてください。……あなたは、明日、また遠くに行ってしまうから!」
突然の安寿の心からの叫びに、航志朗は目を見開いた。航志朗は目を潤ませて安寿に軽く口づけた。安寿は航志朗に抱きついて唇を強く押しつけた。安寿と航志朗はベッドの上できつく抱き合い、上になって下になって唇を重ねた。ふたりは時間が経つのを忘れて、心のおもむくままに激しくキスし合った。
ベッドルームに差し込む月の光がゆっくりと動いていった。ふと航志朗が気がつくと、航志朗にしがみついたまま安寿は眠りに落ちていた。航志朗はタオルケットをたぐり寄せて自分たちに掛けた。遊び疲れて眠ってしまった子どものような安寿のあどけない寝顔を見つめて、思わず笑みをこぼす。航志朗は小声で切なくつぶやいた。
「安寿、俺は君を心から愛している……」