今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
第5節
そよ風に揺れるレースカーテンから残暑の強い日射しがあふれ出ている。今日も暑い一日になりそうだ。先に起きた航志朗は、まだ眠っている安寿の寝顔を間近に見つめて顔をほころばせていた。
「昨夜も最高だったな……」と思わず口をついた航志朗は、急に身体じゅうがうずいて身震いした。腕の中の安寿の黒髪をなでながら、たまらない気持ちになった航志朗は安寿の額に唇を押しつけた。その冷たい感触に反応した安寿が不意に目を開けると、航志朗と目が合った。一瞬で真っ赤になった安寿はすぐに視線を外した。すかさず航志朗がふざけた口調で言った。
「安寿、……もっと、もっと、キスしようか?」
寝起きで目をしばたたきながら、安寿は不機嫌そうに口をへの字に曲げて航志朗に背を向けた。航志朗はくすくす笑って、安寿を後ろから抱きしめながら言った。
「安寿、君の可愛い仏頂面をもっと俺に見せてくれよ」
突然、安寿は振り返って、航志朗の目の前に両頬を思いきりふくらませた顔を突き出した。その目は航志朗を愛くるしくにらんでいた。胸を弾ませて航志朗は思った。
(もう、朝から安寿が可愛すぎる……)
しかし、すでに朝ではなかった。午前十時だった。安寿は「たいへん! 昼食に間に合わなくなっちゃう」と大声を出して言うとあわてて飛び起きて、ベッドルームをさっさと出て行った。ベッドに一人取り残された航志朗は、頭をかきながら文句を言った。
「まったく、俺より先にベッドから出るなって言っただろう……」
キッチンではまだパジャマのままの安寿が腕まくりをしてパン生地と格闘していた。生地がべたべたと指にくっついてなかなかうまくまとまらない。安寿は汗だくになった。
(なんでだろう? ちゃんとレシピ通りの分量のはずなのに、咲さんに教えていただいたとおりにならない……)
安寿は粉まみれになったスマートフォンの画面をじっと見つめて考え込んだ。そこへ白い半袖Tシャツとグレージーンズに着替えた航志朗がやって来て、安寿に声をかけた。
「安寿、何をつくっているんだ?」
「……内緒です」
安寿は下を向いたまま、また少し頬をふくらませた。
柔らかいまなざしで安寿を見つめた航志朗は、かがんで安寿の頬についた小麦粉を指でそっと払った。
「パン生地か? ちょっと貸してみろ」
航志朗はシンクで手を洗ってから、生地を片手でこねはじめた。思わず安寿は航志朗の上腕のしなやかな筋肉に見とれてしまった。あっというまに航志朗は生地をひとつにまとめあげた。
「航志朗さん、すごい!」
思わず安寿は手をたたいた。こともなげに航志朗が言った。
「今日みたいに気温と湿度が高い場合は、水を冷やして規定量よりも少なめに入れた方がベターだったな」
安寿は改めて感心した。
(航志朗さんって、本当になんでもできるんだ……)
安寿は生地の入ったステンレスのボールにラップをかぶせてからタオルで覆った。そして、スマートフォンのタイマーを設定した。
ひと仕事終えた安寿は「汗をかいたので、シャワーを浴びてから着替えてきます」と言ってキッチンから出て行った。一瞬、航志朗は胸がどきっとしたが、冷蔵庫を開けて中から数種類のフルーツを取り出して洗いはじめた。
しばらくしてバスルームから出て来たものの、安寿は大変なことに気づいて立ちすくんだ。
(どうしよう……。着替えを持ってくるのを忘れちゃった)
安寿のマウンテンリュックサックはリビングルームに置いてある。一度脱いだ湿っぽいパジャマを着るわけにもいかない。仕方なく安寿はバスタオルをしっかりと身体に巻いて、そろそろとリビングルームに入った。幸い航志朗はそこにいなかった。ひと安心した安寿はしゃがんでリュックサックを開けて着替えを探った。バスタオルがずり落ちてきたが、そのままで着替えを取り出した。
そこへ何も知らない航志朗がキッチンからやって来て、なにげなく尋ねた。
「安寿、遅くなったけど、朝食にフルーツを食べようか? ……って!」
航志朗は真っ赤になって目をそらそうとしたが、しっかりと安寿の背中丸出しのバスタオル姿を見てしまった。あせった安寿はバスタオルを引き上げて大声で叫んだ。
「見ないで!」
航志朗はあわてて目を閉じた。安寿は着替えをつかむとその場から逃げるように階段を駆け上がり二階へ行った。その騒々しい音を聞き終えてからそろそろと目を開けた航志朗は、深いため息をついてがっくりとうなだれた。
(目に毒っていうか、これってひどい拷問じゃないか……)
ベッドルームでドロップショルダーの白いトップスとその上にマキシ丈の黒いキャミソールワンピースを着て、安寿はリビングルームに下りてきた。ダイニングテーブルの上には見覚えのある二つに割られたマスクメロンと桃とブドウがガラスプレートに盛られて並んでいた。ソファに座ってコーヒーを飲みながら黒革の手帳をめくっていた航志朗が気がついて安寿を見上げた。航志朗は思わず顔がだらしなくゆるんでしまったのをあわてて手帳で隠した。だが、目だけはしっかりと安寿を見つめた。
(今日はずいぶんと大人っぽいスタイルなんだな。なんてきれいなんだ。今すぐ抱きしめたい)と思いながら、航志朗はキッチンに行って安寿のために紅茶を淹れた。
「昨夜も最高だったな……」と思わず口をついた航志朗は、急に身体じゅうがうずいて身震いした。腕の中の安寿の黒髪をなでながら、たまらない気持ちになった航志朗は安寿の額に唇を押しつけた。その冷たい感触に反応した安寿が不意に目を開けると、航志朗と目が合った。一瞬で真っ赤になった安寿はすぐに視線を外した。すかさず航志朗がふざけた口調で言った。
「安寿、……もっと、もっと、キスしようか?」
寝起きで目をしばたたきながら、安寿は不機嫌そうに口をへの字に曲げて航志朗に背を向けた。航志朗はくすくす笑って、安寿を後ろから抱きしめながら言った。
「安寿、君の可愛い仏頂面をもっと俺に見せてくれよ」
突然、安寿は振り返って、航志朗の目の前に両頬を思いきりふくらませた顔を突き出した。その目は航志朗を愛くるしくにらんでいた。胸を弾ませて航志朗は思った。
(もう、朝から安寿が可愛すぎる……)
しかし、すでに朝ではなかった。午前十時だった。安寿は「たいへん! 昼食に間に合わなくなっちゃう」と大声を出して言うとあわてて飛び起きて、ベッドルームをさっさと出て行った。ベッドに一人取り残された航志朗は、頭をかきながら文句を言った。
「まったく、俺より先にベッドから出るなって言っただろう……」
キッチンではまだパジャマのままの安寿が腕まくりをしてパン生地と格闘していた。生地がべたべたと指にくっついてなかなかうまくまとまらない。安寿は汗だくになった。
(なんでだろう? ちゃんとレシピ通りの分量のはずなのに、咲さんに教えていただいたとおりにならない……)
安寿は粉まみれになったスマートフォンの画面をじっと見つめて考え込んだ。そこへ白い半袖Tシャツとグレージーンズに着替えた航志朗がやって来て、安寿に声をかけた。
「安寿、何をつくっているんだ?」
「……内緒です」
安寿は下を向いたまま、また少し頬をふくらませた。
柔らかいまなざしで安寿を見つめた航志朗は、かがんで安寿の頬についた小麦粉を指でそっと払った。
「パン生地か? ちょっと貸してみろ」
航志朗はシンクで手を洗ってから、生地を片手でこねはじめた。思わず安寿は航志朗の上腕のしなやかな筋肉に見とれてしまった。あっというまに航志朗は生地をひとつにまとめあげた。
「航志朗さん、すごい!」
思わず安寿は手をたたいた。こともなげに航志朗が言った。
「今日みたいに気温と湿度が高い場合は、水を冷やして規定量よりも少なめに入れた方がベターだったな」
安寿は改めて感心した。
(航志朗さんって、本当になんでもできるんだ……)
安寿は生地の入ったステンレスのボールにラップをかぶせてからタオルで覆った。そして、スマートフォンのタイマーを設定した。
ひと仕事終えた安寿は「汗をかいたので、シャワーを浴びてから着替えてきます」と言ってキッチンから出て行った。一瞬、航志朗は胸がどきっとしたが、冷蔵庫を開けて中から数種類のフルーツを取り出して洗いはじめた。
しばらくしてバスルームから出て来たものの、安寿は大変なことに気づいて立ちすくんだ。
(どうしよう……。着替えを持ってくるのを忘れちゃった)
安寿のマウンテンリュックサックはリビングルームに置いてある。一度脱いだ湿っぽいパジャマを着るわけにもいかない。仕方なく安寿はバスタオルをしっかりと身体に巻いて、そろそろとリビングルームに入った。幸い航志朗はそこにいなかった。ひと安心した安寿はしゃがんでリュックサックを開けて着替えを探った。バスタオルがずり落ちてきたが、そのままで着替えを取り出した。
そこへ何も知らない航志朗がキッチンからやって来て、なにげなく尋ねた。
「安寿、遅くなったけど、朝食にフルーツを食べようか? ……って!」
航志朗は真っ赤になって目をそらそうとしたが、しっかりと安寿の背中丸出しのバスタオル姿を見てしまった。あせった安寿はバスタオルを引き上げて大声で叫んだ。
「見ないで!」
航志朗はあわてて目を閉じた。安寿は着替えをつかむとその場から逃げるように階段を駆け上がり二階へ行った。その騒々しい音を聞き終えてからそろそろと目を開けた航志朗は、深いため息をついてがっくりとうなだれた。
(目に毒っていうか、これってひどい拷問じゃないか……)
ベッドルームでドロップショルダーの白いトップスとその上にマキシ丈の黒いキャミソールワンピースを着て、安寿はリビングルームに下りてきた。ダイニングテーブルの上には見覚えのある二つに割られたマスクメロンと桃とブドウがガラスプレートに盛られて並んでいた。ソファに座ってコーヒーを飲みながら黒革の手帳をめくっていた航志朗が気がついて安寿を見上げた。航志朗は思わず顔がだらしなくゆるんでしまったのをあわてて手帳で隠した。だが、目だけはしっかりと安寿を見つめた。
(今日はずいぶんと大人っぽいスタイルなんだな。なんてきれいなんだ。今すぐ抱きしめたい)と思いながら、航志朗はキッチンに行って安寿のために紅茶を淹れた。