今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 十一月の最終週に清華美術大学付属高校では内部進学の合格者の発表があった。幸い、安寿たちのクラスでは希望者全員が内部進学に合格した。安寿と莉子は手を取り合って喜んだ。「私たち、大学の四年間も一緒だね」と言い合って。大翔も学科の成績がやや危ぶまれたが合格することができた。大翔は一学期までラグビー部の人望の厚い主将だったのだ。その実績も考慮されたのだろう。そして、安寿と莉子と大翔の三人は、蒼のひとことに仰天した。蒼はもともと成績が良く、学年で常にトップだった。内部進学も難なかったはずだ。だが、合格発表の後、突然、蒼は三人に言った。

 「俺は清美大に進学しない」

 「ええっ、本当なの!」と莉子が最初に大声をあげた。

 大翔が蒼に訊いた。

 「他の美大を受験するのか? おまえなら国立とか」

 「いや、しない」

 「じゃあ、どうするんだよ?」

 蒼は安寿に向かって言った。

 「俺はパリに行く」

 安寿は何も言わずに蒼の瞳を見返した。

 「だから、ずっとフランス語を勉強していたの、蒼くん?」と莉子が尋ねた。

 「ああ。でも、まだ語学力が全然足りないから、最初の半年間は現地の語学学校に通って、それからファッション・アートスクールに入るつもりだ」

 大翔がまじまじと蒼を見て言った。

 「蒼。おまえ、将来ファッションデザイナーになるって言ってたけど、……本気、なんだな」

 真顔で蒼はうなずいた。

 安寿と蒼は見つめ合った。瞳を少し潤ませた安寿は蒼に微笑みかけた。

 その時、蒼は安寿のその笑顔を見て、自分の選択は間違っていないと心から確信した。
 
 その日の夕方、帰宅した安寿はすぐに岸と伊藤夫妻に大学合格を報告した。三人ともとても喜んでくれて、安寿は心から嬉しくなった。目尻にしわを寄せた咲は、「さっそくお赤飯を炊きましょうね。それからお祝いのケーキも焼きましょう!」と言ってエプロンの腰ひもを結び直し、はりきって台所に向かった。

 そして、安寿は北海道にいる叔母の恵に電話をかけた。恵と話すのは久しぶりだ。

 「恵ちゃん、元気? 私ね、清美大の内部進学に合格したよ。今日、発表があったの」

 恵もとても喜んでくれた。さっそく近くにいるらしい渡辺にも伝えていた。渡辺が『安寿ちゃーん、大学合格おめでとう!』と言う明るい声が離れたところから聞こえてきた。

 それから安寿は恵の突然の報告を聞いて、思わず涙を流した。安寿は自分の大学合格よりもはるかに心から嬉しく思った。

 『安寿。実は、私のお腹のなかに赤ちゃんがいるの。今、妊娠三か月で、来年の六月に出産予定なのよ』

 恵は安寿が今まで聞いたことがないくらいの穏やかな優しい声でゆっくりと語った。

 「恵ちゃん、おめでとう! 本当に、本当に、よかった……」

 安寿の声は喜びで震えた。

 安寿はスマートフォンの向こう側の恵の姿を思い浮かべた。今、叔母のお腹のなかにいる小さな小さな命も。窓の外の夜空を見上げて安寿は思った。

 (絶対、来年の夏休みに三人に会いに行こう!)

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