今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
第2節
十二月に入るとアイスランドの街並みはクリスマス一色になった。
エルヴァル家では日曜日ごとに赤いアドベントキャンドルが灯された。広々としたリビングルームは心温まるキャンドルのともしびに照らされている。
くつろいだ航志朗はソファに座って食後のデカフェを飲んでいた。すっかり航志朗と打ち解けたエルヴァルの次女で大学生のサーラが興味津々に尋ねた。
「ねえ、コーシ。アンジュへのクリスマスプレゼントは何にしたの?」
一人掛けのソファに座って分厚い本を読んでいるククルが顔を上げて航志朗を見た。
「え? ああ、まだ用意してない」
チョコレートクッキーをかじりながら、航志朗はまったく悪びれる様子がない。
「えー! ひどいじゃない。結婚して初めてのクリスマスなんでしょう」と目をつり上げてサーラが叫んだ。
三女のフレイヤが続けて訊いた。
「コーシ、クリスマスには、もちろんアンジュに会いに帰国するんでしょ?」
航志朗がクルルを見て苦笑いして言った。
「いや、ボスの許可が出ていないからな」
「ちょっと、クルル! コーシに休暇を取らせなさいよ。アンジュがかわいそうじゃない!」
サーラとフレイヤが口ぐちに言った。
また本に目を落としたクルルが鼻で音を立ててから関心がなさそうに言った。
「僕は彼の休暇まで管理していない。帰国しようがしまいがコウシロウの勝手だ」
その言葉を聞いた航志朗は、すぐさまスマートフォンで航空券の予約サイトを開いた。航志朗の両隣からサーラとフレイヤが一緒に画面をのぞき込んだ。航志朗は画面を次々にスクロールしていった。
(……遅かった)
航志朗はがっくりと肩を落とした。クリスマスシーズンは繁忙期だ。どこの航空会社も満席だった。座席のキャンセル待ちさえも登録できない。これではアイスランドから一歩も出られない。
「あーあ……」
サーラとフレイヤが顔を見合わせて両肩を上げた。
それを見かねたエルヴァルが立ち上がって、航志朗のコーヒーカップにデカフェを注ぎ足しながら声をかけた。
「じゃあ、アンジュのために航空便でクリスマスプレゼントを送ったらどうだ? ただし、郵便局に早めに出さないと、クリスマスに間に合わないぞ」
サーラがぱちんと叩いた手を合わせて提案した。
「そうだ! 私たちでアンジュのクリスマスプレゼント選びのお手伝いをしましょうよ」
次の日の正午、航志朗とクルル、サーラとフレイヤはレイキャビクのとある裏通りで待ち合わせた。四人はコンクリートのむきだしの建物の半地下にあるアイスランディックウールの専門店に向かった。地元住民だけではなく観光客にも大人気の店だ。赤いドアを開けて中に入ると、所狭しとセーターやマフラーなどのウール製品が積み重ねてある。混雑した狭い店内の客は女性客ばかりだ。航志朗は様ざまなパフュームの香りとウールから微かに匂う獣臭に立ち止まった。明らかに躊躇した航志朗の両腕をサーラとフレイヤは強引に引っぱって店の奥に入って行った。その後をクルルが面倒くさそうに顔をしかめながらついて行った。
「やっぱり、定番のロパペイサがいいんじゃない?」とサーラが言った。横でフレイヤが大きくうなずいた。
航志朗がふたりに訊いた。
「ロパペイサ?」
にっこりと愛嬌たっぷりの笑顔でサーラが答えた。
「アイスランディックウールのセーターのことよ。いろいろなパターンがあるわよ。ほら、コーシ、見てみて」
ひと通り見回した航志朗が一枚のセーターを手に取ってつぶやいた。
「へえ、……この羽根みたいな柄いいな」
「コーシ、それ羽根じゃなくて、葉っぱよ」とフレイヤが可笑しそうに笑って言った。
サーラが首を傾けて尋ねた。
「ねぇ、アンジュは何色が好きなの?」
「そうだな。彼女がよく着ているのは、ネイビーだけど……」と答えた航志朗は、店のかたすみで店番をしながら器用にマフラーを編んでいる若い女に気づいた。そのマフラーは濃淡のある紫色の毛糸で編まれている。思わず航志朗は目をこらした。
(あの色、……あのドレスの色だ)
すぐに航志朗は雲の上のホテルで安寿が描いた二枚目の「霧のなかのお姫さま」のドレスに、ゆめという名前の女の子が色鉛筆で塗った色を思い出した。
(そうだ。「私もこの色好き」って、安寿が言っていたな)
さらっと航志朗が言った。
「決めた。この葉っぱ柄で、あの淡い紫色のセーターにする」
驚いたサーラとフレイヤが目を丸くして同時に言った。
「早っ!」
それから店員も交えて四人でセーターの山からラベンダー色のセーターを掘り出した。形はトナカイの枝角でできたボタンのついたカーディガンにした。航志朗はサイズも迷うことなく選んだ。その様子を見たサーラとフレイヤが意味ありげに顔を見合わせて微笑んだ。航志朗はマフラーと手袋の山からも同じデザインと色のものを探し出した。そして、店員にラッピングを頼んでから、サーラとフレイヤに言った。
「買い物に付き合ってくれたお礼に君たちにもプレゼントするよ。何でも好きなもの選んで」
「ありがとう、コーシ! あなたって、本当に素敵なひとね」
嬉しそうな笑みを浮かべてサーラとフレイヤがさっそく店内を物色しはじめた。
クルルは店のすみで壁に寄りかかったままじっとしている。航志朗はクルルに近づいて言った。
「クルル、よかったら、君にも何かプレゼントするよ。マフラーなんかどうだ? 日頃、世話になっているお礼だ」
一瞬、驚いたような表情でクルルは航志朗を見上げた。そして、すぐにいつもの仏頂面になって下を向いて小声で言った。
「……手袋も一緒にいいか? 実は今持ってるの、片方落としてしまったんだ」
「もちろん、いいよ。それじゃあ、ロパペイサもセットでプレゼントするよ」
満足そうに航志朗はにっこり笑った。クルルは照れくさそうにうつむいた。
エルヴァル家では日曜日ごとに赤いアドベントキャンドルが灯された。広々としたリビングルームは心温まるキャンドルのともしびに照らされている。
くつろいだ航志朗はソファに座って食後のデカフェを飲んでいた。すっかり航志朗と打ち解けたエルヴァルの次女で大学生のサーラが興味津々に尋ねた。
「ねえ、コーシ。アンジュへのクリスマスプレゼントは何にしたの?」
一人掛けのソファに座って分厚い本を読んでいるククルが顔を上げて航志朗を見た。
「え? ああ、まだ用意してない」
チョコレートクッキーをかじりながら、航志朗はまったく悪びれる様子がない。
「えー! ひどいじゃない。結婚して初めてのクリスマスなんでしょう」と目をつり上げてサーラが叫んだ。
三女のフレイヤが続けて訊いた。
「コーシ、クリスマスには、もちろんアンジュに会いに帰国するんでしょ?」
航志朗がクルルを見て苦笑いして言った。
「いや、ボスの許可が出ていないからな」
「ちょっと、クルル! コーシに休暇を取らせなさいよ。アンジュがかわいそうじゃない!」
サーラとフレイヤが口ぐちに言った。
また本に目を落としたクルルが鼻で音を立ててから関心がなさそうに言った。
「僕は彼の休暇まで管理していない。帰国しようがしまいがコウシロウの勝手だ」
その言葉を聞いた航志朗は、すぐさまスマートフォンで航空券の予約サイトを開いた。航志朗の両隣からサーラとフレイヤが一緒に画面をのぞき込んだ。航志朗は画面を次々にスクロールしていった。
(……遅かった)
航志朗はがっくりと肩を落とした。クリスマスシーズンは繁忙期だ。どこの航空会社も満席だった。座席のキャンセル待ちさえも登録できない。これではアイスランドから一歩も出られない。
「あーあ……」
サーラとフレイヤが顔を見合わせて両肩を上げた。
それを見かねたエルヴァルが立ち上がって、航志朗のコーヒーカップにデカフェを注ぎ足しながら声をかけた。
「じゃあ、アンジュのために航空便でクリスマスプレゼントを送ったらどうだ? ただし、郵便局に早めに出さないと、クリスマスに間に合わないぞ」
サーラがぱちんと叩いた手を合わせて提案した。
「そうだ! 私たちでアンジュのクリスマスプレゼント選びのお手伝いをしましょうよ」
次の日の正午、航志朗とクルル、サーラとフレイヤはレイキャビクのとある裏通りで待ち合わせた。四人はコンクリートのむきだしの建物の半地下にあるアイスランディックウールの専門店に向かった。地元住民だけではなく観光客にも大人気の店だ。赤いドアを開けて中に入ると、所狭しとセーターやマフラーなどのウール製品が積み重ねてある。混雑した狭い店内の客は女性客ばかりだ。航志朗は様ざまなパフュームの香りとウールから微かに匂う獣臭に立ち止まった。明らかに躊躇した航志朗の両腕をサーラとフレイヤは強引に引っぱって店の奥に入って行った。その後をクルルが面倒くさそうに顔をしかめながらついて行った。
「やっぱり、定番のロパペイサがいいんじゃない?」とサーラが言った。横でフレイヤが大きくうなずいた。
航志朗がふたりに訊いた。
「ロパペイサ?」
にっこりと愛嬌たっぷりの笑顔でサーラが答えた。
「アイスランディックウールのセーターのことよ。いろいろなパターンがあるわよ。ほら、コーシ、見てみて」
ひと通り見回した航志朗が一枚のセーターを手に取ってつぶやいた。
「へえ、……この羽根みたいな柄いいな」
「コーシ、それ羽根じゃなくて、葉っぱよ」とフレイヤが可笑しそうに笑って言った。
サーラが首を傾けて尋ねた。
「ねぇ、アンジュは何色が好きなの?」
「そうだな。彼女がよく着ているのは、ネイビーだけど……」と答えた航志朗は、店のかたすみで店番をしながら器用にマフラーを編んでいる若い女に気づいた。そのマフラーは濃淡のある紫色の毛糸で編まれている。思わず航志朗は目をこらした。
(あの色、……あのドレスの色だ)
すぐに航志朗は雲の上のホテルで安寿が描いた二枚目の「霧のなかのお姫さま」のドレスに、ゆめという名前の女の子が色鉛筆で塗った色を思い出した。
(そうだ。「私もこの色好き」って、安寿が言っていたな)
さらっと航志朗が言った。
「決めた。この葉っぱ柄で、あの淡い紫色のセーターにする」
驚いたサーラとフレイヤが目を丸くして同時に言った。
「早っ!」
それから店員も交えて四人でセーターの山からラベンダー色のセーターを掘り出した。形はトナカイの枝角でできたボタンのついたカーディガンにした。航志朗はサイズも迷うことなく選んだ。その様子を見たサーラとフレイヤが意味ありげに顔を見合わせて微笑んだ。航志朗はマフラーと手袋の山からも同じデザインと色のものを探し出した。そして、店員にラッピングを頼んでから、サーラとフレイヤに言った。
「買い物に付き合ってくれたお礼に君たちにもプレゼントするよ。何でも好きなもの選んで」
「ありがとう、コーシ! あなたって、本当に素敵なひとね」
嬉しそうな笑みを浮かべてサーラとフレイヤがさっそく店内を物色しはじめた。
クルルは店のすみで壁に寄りかかったままじっとしている。航志朗はクルルに近づいて言った。
「クルル、よかったら、君にも何かプレゼントするよ。マフラーなんかどうだ? 日頃、世話になっているお礼だ」
一瞬、驚いたような表情でクルルは航志朗を見上げた。そして、すぐにいつもの仏頂面になって下を向いて小声で言った。
「……手袋も一緒にいいか? 実は今持ってるの、片方落としてしまったんだ」
「もちろん、いいよ。それじゃあ、ロパペイサもセットでプレゼントするよ」
満足そうに航志朗はにっこり笑った。クルルは照れくさそうにうつむいた。