今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
第13章 ザ・グラデュエーション・セレモニー

第1節

 アイスランドは三月に入ってから曇り空の日が続き、ときおり身体じゅうを凍えさせる冷たい雨が降っている。

 三月の一週目の金曜日の午後、レイキャビク郊外にあるエルヴァル・グヴズルンソンの地熱発電所でオープニングセレモニーが開催された。

 久しぶりにスーツを着てネクタイを締めた航志朗は、シンガポール法人のアン・リーの会社のCOOとして出席した。もちろん航志朗はスーツの上にダウンジャケットを羽織っている。スーツ姿の航志朗を初めて見たクルルは上から下までなめるように彼を見た後、鼻でふんと笑った。底冷えがして寒いのに、クルルは相変わらずのジーンズ姿だ。だが、航志朗に買ってもらった揃いのグレーのアイスランディックウールの帽子とマフラーと手袋をしている。

 地熱発電所の近くには、建設中の美術館がすっぽりと白いカバーシートに覆われて建っている。建物は昨年の年末に完成して、今は内装工事中だ。オープニングセレモニーの会食が始まると、航志朗とクルルは、ビュッフェテーブルからケーキや焼菓子を大きなトレイの上にのせて、アルコール臭が漂いはじめた会場を後にした。

 航志朗とクルルはヘルメットを被って美術館の中に入った。すっかり親しくなった建設工事作業員たちがふたりを出迎えた。航志朗とクルルは彼らにあいさつしながら持ってきた菓子を配った。外壁も内壁も真っ白なその建物は、エントランスに入るとすぐに大きなドーム状の天井に迎えられる。そのドームの頂点はガラス張りになっていて、日の光がエントランスに差し込む設計になっている。腕を組んだクルルは、その険しい顔ををさらにしかめてドームを見上げた。その様子を見た航志朗がクルルに尋ねた。

 「クルル、まだアイデアは降りてこないのか?」

 クルルは航志朗を見上げて、じろっと彼をにらんだ。

 「まだだ」

 「今月中になんとかしないとな。工期が延長したら、即時に建設費も跳ね上がる」

 「……わかっている」

 眉間にしわを寄せて、クルルはまたドームを見上げた。

 クルルはそのドームのデザインに納得がいかなかった。真っ白な壁のままでは何かが足りないのだ。すでに頭のなかにあるイメージを形にするのに、クルルは苦心している。両手をドームに向かって捧げるように広げて、クルルがかすれた声で言った。

 「天に向かって、何かが駆け上がっているんだ……」

 航志朗もドームを見上げて言った。

 「その何かが、まだ君に降りてこない」

 クルルは目を伏せてうなずいてから、ふと思い出したように航志朗に尋ねた。

 「コウシロウ、トーキョーへの航空券の手配はもう済んだんだろうな? また君の妻に恨まれたら、さすがの僕も心苦しいからな」

 「もちろん予約済みだ。一週間も休暇を取らせてくれて感謝するよ。ありがとう、ボス」

 「おい、コウシロウ。もう何回も言っただろう。僕のことをボスと呼ぶのは止めろ」

 にやにやした航志朗は弾んだ声で言った。

 「オーケー、ボス!」

 肩をすくめたクルルは、やけに上機嫌な航志朗を気持ち悪そうに見て思った。

 (来週、七か月ぶりに妻と再会できるんだからな。あのはしゃぎぶりが大いに気に障るが、まあ見過ごしてやるか)

 クルルはまた腕を組んでドームを見上げた。

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