今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
車はすぐに岸家に到着した。さっそく伊藤と咲がふたりを出迎えた。
「安寿さま、航志朗坊っちゃん、おかえりなさいませ。それから、ご卒業おめでとうございます」
伊藤と咲が深々とお辞儀をして言った。安寿は礼を言って、伊藤夫妻に丁寧に頭を下げた。
咲が微笑みながら言った。
「おふたりとも、お腹が空いたんじゃありませんか? お着替えが済んだら、食事室においでくださいませ」
伊藤が航志朗に耳打ちした。
「ずいぶんとクルルさまをお待たせしましたね」
航志朗は苦笑いして伊藤に尋ねた。
「クルルは?」
「今、クルルさまは宗嗣さまとアトリエにいらっしゃいます。とてもお若いのに、ずいぶんと落ち着きはらったお嬢さまですね」
航志朗は両肩をを上げて言った。
「確かに。伊藤さんのおっしゃる通りです」
安寿は階段を上がって自室に向かった。なぜかその後を航志朗がついてくる。安寿は振り返って言った。
「航志朗さん、どうぞお先に食事室にいらしてください」
航志朗は笑って安寿の肩に手を回した。
「あの……」
安寿は頬を赤らめた。ふたりは安寿の部屋に入った。航志朗は後ろ手で部屋のドアを閉めた。安寿は航志朗を見上げて戸惑ったように言った。
「航志朗さん。私、着替えたいんですが」
航志朗は涼しい顔で言った。
「どうぞお着替えください、安寿さん」
「……着替えられません」
安寿があきれたように肩を落とした。航志朗はにやっと笑って言った。
「どうして?」
いきなり航志朗は安寿を抱き上げてベッドに連れて行った。安寿は真っ赤になって叫んだ。
「航志朗さん!」
航志朗は安寿をベッドの上に横たえるとジャケットを脱いで、安寿に覆いかぶさって言った。
「もう一度、今の君とキスしたい。最後のチャンスだろ? 制服を着た君とキスできるのは」
思わず安寿は苦笑いした。航志朗がだだをこねる小さな男の子のように思えた。こんなにも大きな身体をした大人の男性なのに。安寿は手を伸ばして航志朗の頬にそっと触れた。笑みを浮かべた航志朗は顔を落として、ふたりは軽く口づけた。安寿は少し恥ずかしそうに目線を外して言った。
「そういえば、初めてキスした時も私はこの制服を着ていましたね……」
航志朗は愉しそうに笑って言った。
「いや、その時、君はこの制服を着ていなかった」
「えっ?」
安寿は航志朗をまじまじと見つめて尋ねた。
「どういうことですか?」
突然、航志朗は真剣なまなざしになった。安寿は胸がどきどきしてきた。
「初めて君と父のアトリエで出会った時、俺は眠っている君にキスした」
「ほ、本当ですか!」
目を大きく見開いた安寿は両手で口を覆った。
航志朗はうなずいた。安寿は航志朗の琥珀色の瞳をのぞき込んで尋ねた。
「どうして?」
「どうしてって、恵さんの前で話しただろ。あの時、俺は君を好きになったから」
安寿は息を呑んだ。
(……うそ、でしょ)
航志朗は安寿の瞳を見つめた。安寿は航志朗の瞳をまっすぐ見つめ返した。
「安寿、俺は君を愛している。心から愛している」
安寿の目から涙がこぼれ落ちた。安寿は両手で顔を覆った。航志朗は安寿を強く抱きしめた。安寿は航志朗の腕の中で思った。
(私もあなたが好き。どうしようもなく好き。でも、今は言えない。どうしても……)
ふたりは抱き合って唇を重ねた。胸を密着させていると、航志朗は安寿がローマングラスのペンダントをしていることに気づいた。安寿はブラウスの中からペンダントを取り出して航志朗に見せた。航志朗が手に取ると、それは安寿の体温でほんのり温まっていた。
その生温かい感触に我慢できなくなった航志朗は、安寿の制服を脱がし始めた。安寿は抵抗しない。ゆったりとした呼吸で航志朗を見つめている。
航志朗は安寿が着ているグレーのブレザーのボタンを外して脱がし、ジャンパースカートのジッパーを下ろして脱がして床に落とした。安寿は丸襟の白いブラウスと黒いタイツだけになった。航志朗は安寿のブラウスのボタンに指をかけて、ゆっくりと上からボタンを一つひとつ外していった。安寿はブラウスの下にレースの白いキャミソールを着ていた。航志朗は安寿の首筋に何度も口づけた。安寿は静かに目を閉じた。航志朗が安寿のキャミソールをめくって下から手を入れようとした時、部屋のドアをノックする音がした。航志朗の手が止まった。
「安寿さん、いらっしゃいますか?」
岸だった。
目を開けた安寿はそのまま大きな声を出して言った。
「岸先生、すいません。今、着替えているので、終わったらアトリエに行きます」
「わかりました。急がせてしまいまして、すいません」と言って、岸が廊下を歩いて去って行く音が聞こえた。
安寿は航志朗に向かって微笑んだ。航志朗は赤くなって言った。
「……ごめん、安寿」
安寿は首を振った。安寿は起き上がってベッドから離れ、航志朗に背を向けた。安寿はクローゼットの中からネイビーのワンピースを取り出した。そして、ブラウスを脱いで椅子に掛けた。キャミソール姿の安寿の背中をベッドに座った航志朗は呆然と見つめた。
突然、航志朗は身体の奥底が震えるような恐怖に襲われた。
(なんなんだ、この感情は……)
自分でもわけがわからない。目の前にいる安寿がどこか遠くへ飛び立って行ってしまうような気がしたのだ。まったく自分の手の届かないところに。
混乱した航志朗は立ち上がって、安寿を後ろからきつく抱きしめた。安寿は一瞬驚いたが、そっと航志朗の手に自分の手を重ねた。安寿の手はとても温かい。安寿がゆっくりと優しい声で言った。
「航志朗さん、そろそろ行きましょう。遠いところからいらっしゃった上司の方を、ずいぶんと長くお待たせしてしまっているんじゃないですか」
航志朗はうなずいてため息まじりに言った。
「そうだな……」
安寿はワンピースを被って胸のボタンを留めた。そして、航志朗が贈ったロパぺイサをその上に羽織った。胸に手を当てて安寿が言った。
「航志朗さん、このセーターを贈ってくださって、ありがとうございます。軽いのにとても温かくて着心地がいいです。それにこの色、とてもきれい」
一瞬、安寿は蒼がこのセーターを褒めてくれたことを思い出した。航志朗がほっとしたように言った。
「それはよかった。君にとてもよく似合っているよ」
安寿はカーペットに落ちていた制服を拾ってハンガーに掛けた。航志朗のジャケットは彼の背中にそっと掛けた。
ふたりは部屋を出た。航志朗は安寿の横顔を見ながら思った。
(なんだか、彼女、急に大人っぽくなって、ますますきれいになった。高校を卒業したからか? もっと彼女をしっかりとつかまえておかないと、本当に俺は置き去りにされてしまいそうだ)
「安寿さま、航志朗坊っちゃん、おかえりなさいませ。それから、ご卒業おめでとうございます」
伊藤と咲が深々とお辞儀をして言った。安寿は礼を言って、伊藤夫妻に丁寧に頭を下げた。
咲が微笑みながら言った。
「おふたりとも、お腹が空いたんじゃありませんか? お着替えが済んだら、食事室においでくださいませ」
伊藤が航志朗に耳打ちした。
「ずいぶんとクルルさまをお待たせしましたね」
航志朗は苦笑いして伊藤に尋ねた。
「クルルは?」
「今、クルルさまは宗嗣さまとアトリエにいらっしゃいます。とてもお若いのに、ずいぶんと落ち着きはらったお嬢さまですね」
航志朗は両肩をを上げて言った。
「確かに。伊藤さんのおっしゃる通りです」
安寿は階段を上がって自室に向かった。なぜかその後を航志朗がついてくる。安寿は振り返って言った。
「航志朗さん、どうぞお先に食事室にいらしてください」
航志朗は笑って安寿の肩に手を回した。
「あの……」
安寿は頬を赤らめた。ふたりは安寿の部屋に入った。航志朗は後ろ手で部屋のドアを閉めた。安寿は航志朗を見上げて戸惑ったように言った。
「航志朗さん。私、着替えたいんですが」
航志朗は涼しい顔で言った。
「どうぞお着替えください、安寿さん」
「……着替えられません」
安寿があきれたように肩を落とした。航志朗はにやっと笑って言った。
「どうして?」
いきなり航志朗は安寿を抱き上げてベッドに連れて行った。安寿は真っ赤になって叫んだ。
「航志朗さん!」
航志朗は安寿をベッドの上に横たえるとジャケットを脱いで、安寿に覆いかぶさって言った。
「もう一度、今の君とキスしたい。最後のチャンスだろ? 制服を着た君とキスできるのは」
思わず安寿は苦笑いした。航志朗がだだをこねる小さな男の子のように思えた。こんなにも大きな身体をした大人の男性なのに。安寿は手を伸ばして航志朗の頬にそっと触れた。笑みを浮かべた航志朗は顔を落として、ふたりは軽く口づけた。安寿は少し恥ずかしそうに目線を外して言った。
「そういえば、初めてキスした時も私はこの制服を着ていましたね……」
航志朗は愉しそうに笑って言った。
「いや、その時、君はこの制服を着ていなかった」
「えっ?」
安寿は航志朗をまじまじと見つめて尋ねた。
「どういうことですか?」
突然、航志朗は真剣なまなざしになった。安寿は胸がどきどきしてきた。
「初めて君と父のアトリエで出会った時、俺は眠っている君にキスした」
「ほ、本当ですか!」
目を大きく見開いた安寿は両手で口を覆った。
航志朗はうなずいた。安寿は航志朗の琥珀色の瞳をのぞき込んで尋ねた。
「どうして?」
「どうしてって、恵さんの前で話しただろ。あの時、俺は君を好きになったから」
安寿は息を呑んだ。
(……うそ、でしょ)
航志朗は安寿の瞳を見つめた。安寿は航志朗の瞳をまっすぐ見つめ返した。
「安寿、俺は君を愛している。心から愛している」
安寿の目から涙がこぼれ落ちた。安寿は両手で顔を覆った。航志朗は安寿を強く抱きしめた。安寿は航志朗の腕の中で思った。
(私もあなたが好き。どうしようもなく好き。でも、今は言えない。どうしても……)
ふたりは抱き合って唇を重ねた。胸を密着させていると、航志朗は安寿がローマングラスのペンダントをしていることに気づいた。安寿はブラウスの中からペンダントを取り出して航志朗に見せた。航志朗が手に取ると、それは安寿の体温でほんのり温まっていた。
その生温かい感触に我慢できなくなった航志朗は、安寿の制服を脱がし始めた。安寿は抵抗しない。ゆったりとした呼吸で航志朗を見つめている。
航志朗は安寿が着ているグレーのブレザーのボタンを外して脱がし、ジャンパースカートのジッパーを下ろして脱がして床に落とした。安寿は丸襟の白いブラウスと黒いタイツだけになった。航志朗は安寿のブラウスのボタンに指をかけて、ゆっくりと上からボタンを一つひとつ外していった。安寿はブラウスの下にレースの白いキャミソールを着ていた。航志朗は安寿の首筋に何度も口づけた。安寿は静かに目を閉じた。航志朗が安寿のキャミソールをめくって下から手を入れようとした時、部屋のドアをノックする音がした。航志朗の手が止まった。
「安寿さん、いらっしゃいますか?」
岸だった。
目を開けた安寿はそのまま大きな声を出して言った。
「岸先生、すいません。今、着替えているので、終わったらアトリエに行きます」
「わかりました。急がせてしまいまして、すいません」と言って、岸が廊下を歩いて去って行く音が聞こえた。
安寿は航志朗に向かって微笑んだ。航志朗は赤くなって言った。
「……ごめん、安寿」
安寿は首を振った。安寿は起き上がってベッドから離れ、航志朗に背を向けた。安寿はクローゼットの中からネイビーのワンピースを取り出した。そして、ブラウスを脱いで椅子に掛けた。キャミソール姿の安寿の背中をベッドに座った航志朗は呆然と見つめた。
突然、航志朗は身体の奥底が震えるような恐怖に襲われた。
(なんなんだ、この感情は……)
自分でもわけがわからない。目の前にいる安寿がどこか遠くへ飛び立って行ってしまうような気がしたのだ。まったく自分の手の届かないところに。
混乱した航志朗は立ち上がって、安寿を後ろからきつく抱きしめた。安寿は一瞬驚いたが、そっと航志朗の手に自分の手を重ねた。安寿の手はとても温かい。安寿がゆっくりと優しい声で言った。
「航志朗さん、そろそろ行きましょう。遠いところからいらっしゃった上司の方を、ずいぶんと長くお待たせしてしまっているんじゃないですか」
航志朗はうなずいてため息まじりに言った。
「そうだな……」
安寿はワンピースを被って胸のボタンを留めた。そして、航志朗が贈ったロパぺイサをその上に羽織った。胸に手を当てて安寿が言った。
「航志朗さん、このセーターを贈ってくださって、ありがとうございます。軽いのにとても温かくて着心地がいいです。それにこの色、とてもきれい」
一瞬、安寿は蒼がこのセーターを褒めてくれたことを思い出した。航志朗がほっとしたように言った。
「それはよかった。君にとてもよく似合っているよ」
安寿はカーペットに落ちていた制服を拾ってハンガーに掛けた。航志朗のジャケットは彼の背中にそっと掛けた。
ふたりは部屋を出た。航志朗は安寿の横顔を見ながら思った。
(なんだか、彼女、急に大人っぽくなって、ますますきれいになった。高校を卒業したからか? もっと彼女をしっかりとつかまえておかないと、本当に俺は置き去りにされてしまいそうだ)