今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
安寿と航志朗がサロンに入ると、ローテーブルの上には山盛りのクッキーをのせたかごが置いてあるのが目に入った。ソファに座って寛いだクルルは、コーヒーを啜りながらクッキーをかじってタブレットを眺めていた。
「クルル、長い時間待たせてすまなかったな。さっそく紹介するよ。俺の妻のアンジュだ」
自然に航志朗は英語で話し出した。それにはっと気づいて安寿は航志朗を見上げた。クルルはクッキーを口に頬張ったまま目を大きく見開いて、呆然と安寿の姿を見つめた。
少し緊張した面持ちで安寿も英語であいさつした。
「クルルさん、初めまして。ようこそ岸家にいらっしゃいました。私はアンジュ・キシです。アイスランドでは夫がお世話になりまして、誠にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いします」
心から感心して航志朗は安寿を見た。
クルルは立ち上がって長い髪を後ろにはらってから言った。
「アンジュさん、初めまして。私はクルル・エルヴァルドッティルと申します。ミスター・キシにはいつも大変お世話になっています。このたびは急な申し出をご承諾してくださいまして感謝します。ありがとう。こちらこそ、どうぞよろしく。……アンジュさん、ロパペイサがよくお似合いですね」
安寿は頬を赤らめてクルルに微笑みかけた。クルルは安寿の笑顔をまぶしそうに見つめた。
(……ミスター・キシって)
肩をすぼめて航志朗は笑いをこらえた。
ソファに腰掛けた航志朗はクッキーをさっそく口に入れた。すぐに咲が焼いた手作りクッキーだとわかった。
クルルを間近で見た安寿は心のなかでうっとりと思った。
(なんてきれいなひと。ベスコフの絵本に出てくる妖精みたい。あの透き通るような髪の色、絵に描いてみたい)
安寿はクルルの向かい側に座って尋ねた。
「クルルさん。さっそくですが、お仕事の詳しい話を聞かせていただけませんか。実は夫から話を聞いて、はたして私なんかに務まるのかどうか心配していました」
航志朗が安寿の隣に座って安心させるようにその肩に手を置いた。伊藤がコーヒーと紅茶を運んできた。安寿は礼を言って、息を吹きかけて冷ましながら一気に飲み干した。
「安寿、お腹空いているんじゃないか。ほら、クッキー食べたら」と航志朗が日本語で言って、クッキーをつまんで安寿の口の前に運んだ。安寿は困った顔をしつつも、航志朗の手からクッキーを口に入れた。そんなふたりの姿をクルルは面白そうに眺めた。
湯気の立つコーヒーにたっぷりと砂糖を入れてかき混ぜてから、クルルは航志朗に目でうながした。航志朗はうなずいてアタッシェケースとノートパソコンをローテーブルの上に置いた。航志朗は手早くノートパソコンを立ち上げて、安寿に建設中の美術館の動画を見せた。
安寿は動画に見入った。むき出しの荒々しい土地の上に白いカバーがかかった建物がたたずんでいる。
真っ白なエントランスの頭上にあるドーム状の天井が映し出された。航志朗は動画を一時停止して指をさしながら安寿に説明した。
「ここに、こう、絵を描いたタイルの上にアクリル板を重ねたものを螺旋状に貼っていくんだ。ドームの頂点に向かって、回転しながら上昇する曲線を描くように」
航志朗ははじめ英語で言ったが、首を傾けた安寿に気づいて日本語で言い直した。
じっくりと考えてから安寿が言った。
「ええと、たぶん、百頭の牛が天に向かって駆け上がるように配置するっていうことですね」
目を細めて航志朗がうなずいた。クルルも日本語の安寿の言葉を理解したかのように力強くうなずいた。
「クルル、長い時間待たせてすまなかったな。さっそく紹介するよ。俺の妻のアンジュだ」
自然に航志朗は英語で話し出した。それにはっと気づいて安寿は航志朗を見上げた。クルルはクッキーを口に頬張ったまま目を大きく見開いて、呆然と安寿の姿を見つめた。
少し緊張した面持ちで安寿も英語であいさつした。
「クルルさん、初めまして。ようこそ岸家にいらっしゃいました。私はアンジュ・キシです。アイスランドでは夫がお世話になりまして、誠にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いします」
心から感心して航志朗は安寿を見た。
クルルは立ち上がって長い髪を後ろにはらってから言った。
「アンジュさん、初めまして。私はクルル・エルヴァルドッティルと申します。ミスター・キシにはいつも大変お世話になっています。このたびは急な申し出をご承諾してくださいまして感謝します。ありがとう。こちらこそ、どうぞよろしく。……アンジュさん、ロパペイサがよくお似合いですね」
安寿は頬を赤らめてクルルに微笑みかけた。クルルは安寿の笑顔をまぶしそうに見つめた。
(……ミスター・キシって)
肩をすぼめて航志朗は笑いをこらえた。
ソファに腰掛けた航志朗はクッキーをさっそく口に入れた。すぐに咲が焼いた手作りクッキーだとわかった。
クルルを間近で見た安寿は心のなかでうっとりと思った。
(なんてきれいなひと。ベスコフの絵本に出てくる妖精みたい。あの透き通るような髪の色、絵に描いてみたい)
安寿はクルルの向かい側に座って尋ねた。
「クルルさん。さっそくですが、お仕事の詳しい話を聞かせていただけませんか。実は夫から話を聞いて、はたして私なんかに務まるのかどうか心配していました」
航志朗が安寿の隣に座って安心させるようにその肩に手を置いた。伊藤がコーヒーと紅茶を運んできた。安寿は礼を言って、息を吹きかけて冷ましながら一気に飲み干した。
「安寿、お腹空いているんじゃないか。ほら、クッキー食べたら」と航志朗が日本語で言って、クッキーをつまんで安寿の口の前に運んだ。安寿は困った顔をしつつも、航志朗の手からクッキーを口に入れた。そんなふたりの姿をクルルは面白そうに眺めた。
湯気の立つコーヒーにたっぷりと砂糖を入れてかき混ぜてから、クルルは航志朗に目でうながした。航志朗はうなずいてアタッシェケースとノートパソコンをローテーブルの上に置いた。航志朗は手早くノートパソコンを立ち上げて、安寿に建設中の美術館の動画を見せた。
安寿は動画に見入った。むき出しの荒々しい土地の上に白いカバーがかかった建物がたたずんでいる。
真っ白なエントランスの頭上にあるドーム状の天井が映し出された。航志朗は動画を一時停止して指をさしながら安寿に説明した。
「ここに、こう、絵を描いたタイルの上にアクリル板を重ねたものを螺旋状に貼っていくんだ。ドームの頂点に向かって、回転しながら上昇する曲線を描くように」
航志朗ははじめ英語で言ったが、首を傾けた安寿に気づいて日本語で言い直した。
じっくりと考えてから安寿が言った。
「ええと、たぶん、百頭の牛が天に向かって駆け上がるように配置するっていうことですね」
目を細めて航志朗がうなずいた。クルルも日本語の安寿の言葉を理解したかのように力強くうなずいた。