今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
五人は色を塗り続けた。やがて、窓の外が真っ暗になった。途中で伊藤が夕食を持ってやって来た。もちろん、莉子と大翔の分も追加してあった。伊藤は微笑みながら大皿の上に岸家御用達の店の寿司と咲がつくったいなり寿司をたくさん並べた。重箱には筑前煮や鶏のから揚げが詰められている。リビングルームのビニールシートの上に並べられた豪華な夕食を見て莉子が歓声をあげた。
「皆でお花見かピクニックに来たみたい!」
莉子は安寿の耳元に小声で言った。
「蒼くんも一緒にいたらよかったのにね」
安寿は小さくうなずいた。そうは言ったものの、莉子は航志朗が安寿を見つめる熱のこもった甘過ぎるまなざしに気づいて、心のなかでその発言を早々に撤回した。
(やっぱりここにいなくて正解だね、蒼くん……)
順番で風呂に入ってから、五人はまた描き出した。大翔は初めて見る風呂上がりの莉子のパジャマ姿にどきどきしてしまった。莉子と一緒に夜を過ごすのは初めてだ。二人きりではないが大翔は嬉しくて仕方がなかった。隣で安寿のために一生懸命に色を塗る莉子の姿を大翔は横目で盗み見た。莉子もそれに気づいて頬を赤らめながら大翔に微笑んだ。大翔は莉子の愛くるしい笑顔を見て痛切に思った。
(僕はこの先もずっと莉子と一緒にいたい)
色付けされていないタイルが残り少なくなってきた。先程からずっと黙って何かを考え込んでいたクルルが安寿に落ち着いた低い声で言った。
「アンジュ。線画のままのタイルを七枚、アイスランドに持ち帰ってもいいかな。僕の家族にも描いてもらいたいんだ」
もちろん安寿はうなずいた。安寿は微笑みながらクルルに言った。
「クルルの家族は七人もいるんだね」
航志朗はそのやりとりを見て不思議に思った。
(あの家に七人もいたっけ?)
クルルは指を折って数えるようにして言った。
「僕の父のエルヴァル。姉のアンナとサーラとフレイヤ。アンナの子どものクラウス。アンナの夫のヨウン。それから、僕のママだ」
航志朗は納得した。クルルは安寿に訊いた。
「アンジュの家族は?」
航志朗が眉をひそめて安寿を見た。
「私の家族は……」と安寿は言いかけて言葉につまった。航志朗がそっと安寿の肩に手を回して言った。
「俺だ」
安寿は目を潤ませて航志朗を見た。航志朗は安寿を愛おしそうに見つめ返した。莉子と大翔は赤らめた顔を見合わせてため息をついた。
日付が変わった午前三時すぎに、百四十三頭の牛の色付けが終わった。ソファに座ったクルルと莉子と大翔は互いに寄りかかって眠っている。三人には毛布が掛かっている。安寿が掛けたのだ。
安寿は仕上げに取りかかった。航志朗は安寿の隣で最後まで見守った。結局、安寿と航志朗は一睡もしないで次の朝を迎えた。
ふたりはキッチンへ行って一緒にフレンチトーストをつくった。バターのこうばしい香りに莉子と大翔とクルルの三人が目を覚ました。五人は一緒に床に座って熱々の甘いフレンチトーストを口に運んだ。
莉子は寄り添った安寿と航志朗を優しいまなざしで見つめてからクルルに言った。
「クルルちゃん、これから私の家に遊びに来ない? 飛行機は今夜の便なんでしょ。それまで一緒に遊ぼうよ。そうだ。和菓子をつくってみない? 和菓子職人の私のパパが教えてくれるよ」
その言葉を隣で聞いた大翔が、莉子の目を見て強い口調で言った。
「莉子、僕も一緒に行く。君のご家族にごあいさつしたいんだ」
莉子は嬉しそうにうなずいた。
こうしてクルルと大翔は莉子の家に行くことになった。小声で莉子は安寿に耳打ちした。
「安寿ちゃん、クルルちゃんは私に任せて。出発まで岸さんと二人っきりでゆっくり過ごしてね!」
安寿は莉子の手をぎゅっと握って言った。
「莉子ちゃん、ありがとう」
「皆でお花見かピクニックに来たみたい!」
莉子は安寿の耳元に小声で言った。
「蒼くんも一緒にいたらよかったのにね」
安寿は小さくうなずいた。そうは言ったものの、莉子は航志朗が安寿を見つめる熱のこもった甘過ぎるまなざしに気づいて、心のなかでその発言を早々に撤回した。
(やっぱりここにいなくて正解だね、蒼くん……)
順番で風呂に入ってから、五人はまた描き出した。大翔は初めて見る風呂上がりの莉子のパジャマ姿にどきどきしてしまった。莉子と一緒に夜を過ごすのは初めてだ。二人きりではないが大翔は嬉しくて仕方がなかった。隣で安寿のために一生懸命に色を塗る莉子の姿を大翔は横目で盗み見た。莉子もそれに気づいて頬を赤らめながら大翔に微笑んだ。大翔は莉子の愛くるしい笑顔を見て痛切に思った。
(僕はこの先もずっと莉子と一緒にいたい)
色付けされていないタイルが残り少なくなってきた。先程からずっと黙って何かを考え込んでいたクルルが安寿に落ち着いた低い声で言った。
「アンジュ。線画のままのタイルを七枚、アイスランドに持ち帰ってもいいかな。僕の家族にも描いてもらいたいんだ」
もちろん安寿はうなずいた。安寿は微笑みながらクルルに言った。
「クルルの家族は七人もいるんだね」
航志朗はそのやりとりを見て不思議に思った。
(あの家に七人もいたっけ?)
クルルは指を折って数えるようにして言った。
「僕の父のエルヴァル。姉のアンナとサーラとフレイヤ。アンナの子どものクラウス。アンナの夫のヨウン。それから、僕のママだ」
航志朗は納得した。クルルは安寿に訊いた。
「アンジュの家族は?」
航志朗が眉をひそめて安寿を見た。
「私の家族は……」と安寿は言いかけて言葉につまった。航志朗がそっと安寿の肩に手を回して言った。
「俺だ」
安寿は目を潤ませて航志朗を見た。航志朗は安寿を愛おしそうに見つめ返した。莉子と大翔は赤らめた顔を見合わせてため息をついた。
日付が変わった午前三時すぎに、百四十三頭の牛の色付けが終わった。ソファに座ったクルルと莉子と大翔は互いに寄りかかって眠っている。三人には毛布が掛かっている。安寿が掛けたのだ。
安寿は仕上げに取りかかった。航志朗は安寿の隣で最後まで見守った。結局、安寿と航志朗は一睡もしないで次の朝を迎えた。
ふたりはキッチンへ行って一緒にフレンチトーストをつくった。バターのこうばしい香りに莉子と大翔とクルルの三人が目を覚ました。五人は一緒に床に座って熱々の甘いフレンチトーストを口に運んだ。
莉子は寄り添った安寿と航志朗を優しいまなざしで見つめてからクルルに言った。
「クルルちゃん、これから私の家に遊びに来ない? 飛行機は今夜の便なんでしょ。それまで一緒に遊ぼうよ。そうだ。和菓子をつくってみない? 和菓子職人の私のパパが教えてくれるよ」
その言葉を隣で聞いた大翔が、莉子の目を見て強い口調で言った。
「莉子、僕も一緒に行く。君のご家族にごあいさつしたいんだ」
莉子は嬉しそうにうなずいた。
こうしてクルルと大翔は莉子の家に行くことになった。小声で莉子は安寿に耳打ちした。
「安寿ちゃん、クルルちゃんは私に任せて。出発まで岸さんと二人っきりでゆっくり過ごしてね!」
安寿は莉子の手をぎゅっと握って言った。
「莉子ちゃん、ありがとう」