今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
北海道に向かう日がやって来た。安寿は北海道新幹線に乗るために東京駅に向かった。申しわけなくて何回も断ったのだが、東京駅まで伊藤が車で送ってくれた。
「安寿さま、お気をつけていってらっしゃいませ。どうぞ恵さまによろしくお伝えください」と言って、新幹線ホームで伊藤は大きな黒い保冷バッグを安寿に手渡した。それはずっしりと重かった。中には咲がつくった弁当が入っている。安寿は礼を言って伊藤に深々とお辞儀をしてから、北海道新幹線に乗り込んだ。一人で遠出するのは初めてだ。とても緊張する。終始、伊藤はにこにこと微笑んでいた。伊藤は当然のことのようにグリーン車を予約してくれた。シルバーのスーツケースを手前に置いて窓側の座席に座ると、伊藤が窓の外から手を振ってくれているのが見えた。安寿も微笑みながら伊藤に手を振った。
北海道新幹線は午前八時二十分に東京駅を発車した。九月に入ったとはいえ、車内はほぼ満席だ。だが、安寿の隣の座席は空いたままだ。安寿は少しほっとして、マグボトルの中の温かいハーブティーをひと口飲んだ。ハーブティーは、今朝、岸が淹れてくれたものだ。先月のお盆明けに『菓匠はらだ』でのアルバイトが終わってから、毎日、安寿は岸のモデルになっていた。今年の岸のスケッチ旅行は九月中旬を予定している。
車窓の景色がどんどん流れていく。一路、北へ向かう自分がますます航志朗から離れて行くような気がして、安寿は胸がふさいだ。ひとりぼっちの寂しい気持ちになる。でも、今日、昨年の春から一年以上会っていない叔母の恵に再会できるのだ。そして、自分と血が繋がった生まれたばかりの従弟にも会える。
北海道新幹線は、新函館北斗駅に到着した。東京駅から約四時間かかったが、あっという間だった。安寿は特急北斗に乗り換えて、南千歳駅に向かった。この特急もグリーン車に乗った。ゆったりとした座席に贅沢すぎると申しわけなく思いつつも、安寿は咲が用意してくれた弁当箱を開けた。中には、おにぎりやから揚げや野菜の煮物などが並んでいた。急に空腹を感じた安寿は手を合わせてから、おにぎりをほおばった。咲の手料理は安寿にとってすでに慣れ親しんだ味になっている。その家庭的な味にほっとひと安心する。保冷バッグには、クラッカーやパック入りのライ麦パン、数種類の板チョコレートまで入っていた。恵の家には午後七時半頃に到着する予定だ。きっと咲の心遣いで持たせてくれたのだろう。
北海道は広大だ。約三時間かかって南千歳駅に到着した。ここから特急とかちに乗り換えて、終点の帯広駅まで行く。特急が発車するまで一時間ほど待ち時間があった。駅構内の自動販売機でミネラルウォーターを買ってから、安寿はホームにある待合室の中のベンチに座ろうとスーツケースを引いた。
その時、突然、轟音が鳴り響いて安寿は肩をびくっとさせて驚いた。空を見上げると、飛行機が高度を下げて着陸してくるのが見えた。安寿はすぐに理解した。
(そうか、新千歳空港に近いんだ)
安寿は羽田空港に航志朗を見送りに行った時のことを思い出した。胸の奥がきしんで痛くなる。安寿は目を固く閉じてその心の痛みに耐えた。
「安寿さま、お気をつけていってらっしゃいませ。どうぞ恵さまによろしくお伝えください」と言って、新幹線ホームで伊藤は大きな黒い保冷バッグを安寿に手渡した。それはずっしりと重かった。中には咲がつくった弁当が入っている。安寿は礼を言って伊藤に深々とお辞儀をしてから、北海道新幹線に乗り込んだ。一人で遠出するのは初めてだ。とても緊張する。終始、伊藤はにこにこと微笑んでいた。伊藤は当然のことのようにグリーン車を予約してくれた。シルバーのスーツケースを手前に置いて窓側の座席に座ると、伊藤が窓の外から手を振ってくれているのが見えた。安寿も微笑みながら伊藤に手を振った。
北海道新幹線は午前八時二十分に東京駅を発車した。九月に入ったとはいえ、車内はほぼ満席だ。だが、安寿の隣の座席は空いたままだ。安寿は少しほっとして、マグボトルの中の温かいハーブティーをひと口飲んだ。ハーブティーは、今朝、岸が淹れてくれたものだ。先月のお盆明けに『菓匠はらだ』でのアルバイトが終わってから、毎日、安寿は岸のモデルになっていた。今年の岸のスケッチ旅行は九月中旬を予定している。
車窓の景色がどんどん流れていく。一路、北へ向かう自分がますます航志朗から離れて行くような気がして、安寿は胸がふさいだ。ひとりぼっちの寂しい気持ちになる。でも、今日、昨年の春から一年以上会っていない叔母の恵に再会できるのだ。そして、自分と血が繋がった生まれたばかりの従弟にも会える。
北海道新幹線は、新函館北斗駅に到着した。東京駅から約四時間かかったが、あっという間だった。安寿は特急北斗に乗り換えて、南千歳駅に向かった。この特急もグリーン車に乗った。ゆったりとした座席に贅沢すぎると申しわけなく思いつつも、安寿は咲が用意してくれた弁当箱を開けた。中には、おにぎりやから揚げや野菜の煮物などが並んでいた。急に空腹を感じた安寿は手を合わせてから、おにぎりをほおばった。咲の手料理は安寿にとってすでに慣れ親しんだ味になっている。その家庭的な味にほっとひと安心する。保冷バッグには、クラッカーやパック入りのライ麦パン、数種類の板チョコレートまで入っていた。恵の家には午後七時半頃に到着する予定だ。きっと咲の心遣いで持たせてくれたのだろう。
北海道は広大だ。約三時間かかって南千歳駅に到着した。ここから特急とかちに乗り換えて、終点の帯広駅まで行く。特急が発車するまで一時間ほど待ち時間があった。駅構内の自動販売機でミネラルウォーターを買ってから、安寿はホームにある待合室の中のベンチに座ろうとスーツケースを引いた。
その時、突然、轟音が鳴り響いて安寿は肩をびくっとさせて驚いた。空を見上げると、飛行機が高度を下げて着陸してくるのが見えた。安寿はすぐに理解した。
(そうか、新千歳空港に近いんだ)
安寿は羽田空港に航志朗を見送りに行った時のことを思い出した。胸の奥がきしんで痛くなる。安寿は目を固く閉じてその心の痛みに耐えた。