今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 新千歳空港駅までの所要時間はたったの三分だが、ものすごく長い時間に感じる。行く手が急に真っ暗になった。地下に入ったのだ。安寿は赤い柱が立ち並ぶ薄暗い駅にたどり着いた。

 南千歳駅のホームに一人でたたずんでいる安寿が見えなくなってから、航志朗は暗闇の中に入った。航志朗はどうしようもなく安寿を求めていることを自覚した。

 (今、俺は安寿を抱きしめたい)

 新千歳空港駅に降り立った航志朗はすぐにジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出して、予約していたソウル行きの航空券をキャンセルした。

 (まだ間に合う。引き返して安寿を抱きしめる)

 安寿は新千歳空港駅の地下ホームに降り立つと、すぐ目の前に航志朗が背を向けて立っていることに気がついた。

 スーツケースのハンドルを手離して、安寿は駆け出した。

 「航志朗さん!」

 安寿は後ろから航志朗に思いきり抱きついた。

 「安寿!?」

 航志朗は自分の腰にしがみついたふたつの手が目に入った。その左手の薬指につけられた結婚指輪が白く光る。すぐさま航志朗は向き直って安寿を抱きしめた。

 「安寿……」

 「航志朗さん……」

 ふたりはきつく抱き合った。

 安寿は顔を上げて真剣なまなざしで航志朗の琥珀色の瞳を見つめて言った。

 「私はあなたに伝えたいことがあります」

 安寿の瞳を見つめて航志朗はうなずいた。

 「私、心の準備ができました」

 その瞬間、航志朗は目を大きく見開いて顔を紅潮させた。航志朗はまたきつく安寿を抱きしめてから、かがんで安寿の耳元にささやいた。

 「わかった。……安寿、これから近くのホテルに行こうか」

 耳たぶまで真っ赤になった安寿は、航志朗にしがみついて小さい声で言った。

 「私、航志朗さんのマンションがいいです」

 航志朗は目を細めてうなずいた。航志朗は安寿の手とスーツケースを引いて新千歳空港に向かおうとした。

 安寿は足を止めた。

 「ん? 安寿、どうした」

 「私、飛行機に乗れません。新幹線で帰りましょう」

 「……そうだったな。南千歳に戻るか」

 ほっとして安寿はうなずいた。

 安寿と航志朗は下りの快速エアポートに乗った。無言でふたりは立ったまま手をつないだ。互いの胸の激しい鼓動が伝わってくる。ふたりともうつむいて目を合わせられない。

 ふたりは暗闇から陽光のもとに戻った。ふと顔を上げた安寿と航志朗は互いに見つめ合い、恥ずかしそうに微笑みを交わした。

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