今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
安寿と航志朗は北海道新幹線に乗り込んだ。手をつないだふたりは寄りかかり合いながら、その時がやって来るのを静かに待つかのように目を閉じた。
新幹線はスピードを上げて東京駅に向かって走って行く。安寿は航志朗の存在のすべてを全身で感じ取る。すると、身体の奥がうずいて何かがあふれてきた。その満ちてくる揺らぎにもうあらがえない。安寿はありありと意識した。
(ずっと前から感じていたあの得体の知れない感覚って、これだったんだ。私の身体は彼の身体を求めている。もう私は自分の身体を止められない)
安寿は目を開けて航志朗の横顔を見つめた。すぐに航志朗も気づいて目を開けて、照れながら安寿に微笑みかけた。思わず安寿はきつく胸がしめつけられた。
(私は心から航志朗さんを愛している。もう、どうしようもないくらいに)
航志朗は安寿の腰に手を回して引き寄せた。ふたりはまた目を閉じた。そして、ほどなく安寿も航志朗も眠ってしまった。
目が覚めたら大宮駅を通過していた。安寿が身動きすると航志朗も目を開けた。
「よく眠ったな……」
寝起きの航志朗はありのままの笑顔を安寿に向けた。安寿は胸がどきっとした。
安寿と航志朗は東京駅に到着した。新幹線を降りると外はすっかり夜になっていた。改札口を出たところにあるイタリアンレストランで軽く夕食をとった。ふたりはだんだん口数が少なくなってきた。食事が済むと地上に出てタクシーに乗り込んだ。車窓の外を通り過ぎる皇居外苑は、街灯の光量が抑えられていて薄暗い。都心だとは思えないくらいにひっそりとしている。お堀の真っ黒な水面にはビルディングの灯りが反射してゆらゆらと別世界を映し出している。夜空には星が見えない。ただ白く輝く丸い月が浮かんでいるのが見えるだけだ。よく見るとそれは満月ではない。少し欠けた月だ。安寿は胸が早鐘を打ち始めて何回もため息をついた。それに気づいた航志朗はそっと安寿の右手を握った。
タクシーは三十分ほどで航志朗のマンションにたどり着いた。時刻は九時になろうとしている。タクシーを降りる時、一瞬、安寿は足が震えたが、エントランスにしっかりと降り立った。スーツケースを転がす音に気をつけながら内廊下を歩いて、いちばん奥まで行く。ふたりは玄関ドアの前に立った。航志朗が鍵を開けて、ふたりは暗い家の中に入った。航志朗が点灯した間接照明の柔らかい光が部屋を照らすと、安寿はほっと安心して肩の力が抜けた。思わず安寿はつぶやいた。
「ただいま……」
航志朗はふっと笑って言った。
「やっと着いたな、安寿」
航志朗はバスルームのガス給湯器のリモコンを押してからキッチンに行って、キッチンペーパーを水で濡らした。ふと見ると、ダイニングテーブルの上にミネラルウォーターと炭酸水のボトルと、クラッカーやショートブレッドの箱が置いてあった。冷蔵庫を開けてみると、ミニパックの牛乳やメロンや巨峰などのフルーツが入っている。冷凍庫にはカップのアイスクリームまで入っていた。伊藤の細やかな心遣いに航志朗は心から感謝した。航志朗は濡らしたキッチンペーパーでキャスターを拭いてから、スーツケースをリビングルームに運び入れた。冗談めかして航志朗はソファにもたれかかって座っている安寿に言った。
「安寿、先に風呂に入ったら。それとも一緒に入ろうか?」
安寿は真っ赤になって消え入るような声で答えた。
「一人で入ります……」
くすくす笑いながら航志朗はリビングルームを出て行った。安寿はスーツケースを開けて少し迷ってから、北海道で一度も着なかったワンピースを取り出してバスルームに向かった。
たっぷりと湯が張ってあるバスタブに安寿はゆっくりと浸かった。安寿は湯気の立つ天井を見上げた。子どもの頃に母と一緒に風呂に入った時のことを思い出す。母の裸はとてもきれいだった。だが、下腹部に複数の白い筋がついていた。妊娠線だ。それを知ると、安寿は小さな子どもながらに大きな罪悪感を持った。安寿は両手で湯をすくってこぼした。その時、北海道の山奥の温泉で白い老婆に言われた言葉が耳の奥に響いた。安寿は自分の下腹にそっと両手で触れた。
(もし赤ちゃんが来ても、私は大丈夫。一人で産んで、一人で育てられる。私はその覚悟ができている。そして、彼との子どもには私と同じ想いはさせない。絶対に)
新幹線はスピードを上げて東京駅に向かって走って行く。安寿は航志朗の存在のすべてを全身で感じ取る。すると、身体の奥がうずいて何かがあふれてきた。その満ちてくる揺らぎにもうあらがえない。安寿はありありと意識した。
(ずっと前から感じていたあの得体の知れない感覚って、これだったんだ。私の身体は彼の身体を求めている。もう私は自分の身体を止められない)
安寿は目を開けて航志朗の横顔を見つめた。すぐに航志朗も気づいて目を開けて、照れながら安寿に微笑みかけた。思わず安寿はきつく胸がしめつけられた。
(私は心から航志朗さんを愛している。もう、どうしようもないくらいに)
航志朗は安寿の腰に手を回して引き寄せた。ふたりはまた目を閉じた。そして、ほどなく安寿も航志朗も眠ってしまった。
目が覚めたら大宮駅を通過していた。安寿が身動きすると航志朗も目を開けた。
「よく眠ったな……」
寝起きの航志朗はありのままの笑顔を安寿に向けた。安寿は胸がどきっとした。
安寿と航志朗は東京駅に到着した。新幹線を降りると外はすっかり夜になっていた。改札口を出たところにあるイタリアンレストランで軽く夕食をとった。ふたりはだんだん口数が少なくなってきた。食事が済むと地上に出てタクシーに乗り込んだ。車窓の外を通り過ぎる皇居外苑は、街灯の光量が抑えられていて薄暗い。都心だとは思えないくらいにひっそりとしている。お堀の真っ黒な水面にはビルディングの灯りが反射してゆらゆらと別世界を映し出している。夜空には星が見えない。ただ白く輝く丸い月が浮かんでいるのが見えるだけだ。よく見るとそれは満月ではない。少し欠けた月だ。安寿は胸が早鐘を打ち始めて何回もため息をついた。それに気づいた航志朗はそっと安寿の右手を握った。
タクシーは三十分ほどで航志朗のマンションにたどり着いた。時刻は九時になろうとしている。タクシーを降りる時、一瞬、安寿は足が震えたが、エントランスにしっかりと降り立った。スーツケースを転がす音に気をつけながら内廊下を歩いて、いちばん奥まで行く。ふたりは玄関ドアの前に立った。航志朗が鍵を開けて、ふたりは暗い家の中に入った。航志朗が点灯した間接照明の柔らかい光が部屋を照らすと、安寿はほっと安心して肩の力が抜けた。思わず安寿はつぶやいた。
「ただいま……」
航志朗はふっと笑って言った。
「やっと着いたな、安寿」
航志朗はバスルームのガス給湯器のリモコンを押してからキッチンに行って、キッチンペーパーを水で濡らした。ふと見ると、ダイニングテーブルの上にミネラルウォーターと炭酸水のボトルと、クラッカーやショートブレッドの箱が置いてあった。冷蔵庫を開けてみると、ミニパックの牛乳やメロンや巨峰などのフルーツが入っている。冷凍庫にはカップのアイスクリームまで入っていた。伊藤の細やかな心遣いに航志朗は心から感謝した。航志朗は濡らしたキッチンペーパーでキャスターを拭いてから、スーツケースをリビングルームに運び入れた。冗談めかして航志朗はソファにもたれかかって座っている安寿に言った。
「安寿、先に風呂に入ったら。それとも一緒に入ろうか?」
安寿は真っ赤になって消え入るような声で答えた。
「一人で入ります……」
くすくす笑いながら航志朗はリビングルームを出て行った。安寿はスーツケースを開けて少し迷ってから、北海道で一度も着なかったワンピースを取り出してバスルームに向かった。
たっぷりと湯が張ってあるバスタブに安寿はゆっくりと浸かった。安寿は湯気の立つ天井を見上げた。子どもの頃に母と一緒に風呂に入った時のことを思い出す。母の裸はとてもきれいだった。だが、下腹部に複数の白い筋がついていた。妊娠線だ。それを知ると、安寿は小さな子どもながらに大きな罪悪感を持った。安寿は両手で湯をすくってこぼした。その時、北海道の山奥の温泉で白い老婆に言われた言葉が耳の奥に響いた。安寿は自分の下腹にそっと両手で触れた。
(もし赤ちゃんが来ても、私は大丈夫。一人で産んで、一人で育てられる。私はその覚悟ができている。そして、彼との子どもには私と同じ想いはさせない。絶対に)