今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
第９節
長い夜が明けてからずいぶん経つ。すでに今日の太陽は真南に手が届きそうだ。先に目を覚ました航志朗は安寿の腕の中で陶然としていた。安寿は穏やかな寝息を立てて、まだぐっすりと眠っている。初めての夜を過ごしても、安寿は何事もなかったかのように少女の面影を残した無垢な寝顔をしている。航志朗の身体には、昨夜の思いがけない安寿の行為とその感触が生なましく残っていた。航志朗は安寿の頬にキスしてから、裸で眠っている安寿をまじろぎもせずに見つめた。
（なんて凄まじいんだ。いつも君には心底驚かされる。安寿、本当の君は天使の皮を被った悪魔なんじゃないのか……。でも、君が天使だろうが悪魔だろうが、俺はどっちだって構わない。君は俺の愛する唯一の女だ）
だんだん理性が戻ってきた航志朗は身をよじりたくなるほどの羞恥心に襲われた。
（このシチュエーションって正反対なんじゃないのか。普通だったら初めての安寿のほうが泣いて、俺のほうが彼女を抱きしめるっていう構図だよな……）
その時、安寿が「ん……」と愛くるしい声でうなってから、ゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした瞳で航志朗をしばらく見つめると、突然、安寿は目をそらして真っ赤になった。目を細めながら航志朗はそっと声をかけた。
「おはよう、安寿」
安寿はあわてて胸を隠してうつぶせになって言った。
「……おはようございます、航志朗さん」
陽光に照らされて白く光る安寿の裸の背中を見て、航志朗はまたたまらない気持ちになってしまった。航志朗はすぐに後ろから安寿を抱きしめて、安寿の後ろ髪に顔をうずめた。
安寿は少し振り返って心配そうな面持ちで尋ねた。
「航志朗さん、……眠れましたか？」
「ああ、よく眠れたよ。ありがとう、安寿」
「……よかった」
心からほっとしたように安寿は微笑んだ。
「安寿。君こそ、……大丈夫なのか」
安寿は何も答えなかった。安寿の耳は真っ赤だ。航志朗は安寿の顎をそっとつかむと安寿に口づけた。とろんとした瞳で安寿に見つめられて、航志朗は理性が粉々に砕かれそうになった。
まもなく安寿が微かな声で言った。
「私、お風呂に入ってきます……」
「わかった。俺が用意してくるから、ちょっと待ってて」
航志朗はカーペットに落ちていたパジャマを拾い上げて羽織るとベッドルームを出て行った。
（私、とうとう航志朗さんと……）
物憂げに起き上がった安寿は自分の身体を抱きしめた。
そこへ航志朗が戻って来た。シーツをひと目見た航志朗は激しく動揺した。安寿は航志朗の視線に気づくと目を落とした。色のついたしみがついている。安寿は無言でシーツをはがすと身体に巻きつけた。顔の色をなくして航志朗はシーツごと安寿を抱きしめた。
「安寿。俺は、また君を……」
安寿は小さく微笑んだ。
「航志朗さん、そんな顔しないでください。私、大丈夫ですから」
安寿は航志朗の頬に手をそっと置いた。そして、顔を赤らめて甘い声で言った。
「ねえ、航志朗さん。一緒にお風呂に入りましょうよ」
いきなりの想定外の安寿の誘いに航志朗はうろたえた。返事を聞かずに航志朗の手を引っぱって、安寿はまるでウエディングドレスのトレーンを引きずるように航志朗とベッドルームを出て行った。
ふたりはバスタブに一緒に浸かった。たちまち湯があふれ出た。外からのまばゆい光が窓から差し込んできてバスルームはとても明るい。髪をアップにした安寿は足を組んで腕で胸を隠してはいたが、まったく羞恥心を感じていなかった。だんだん身体が温まってきて心地よい。気持ちも緩んできた安寿は、あのフォークソングを口ずさみ始めた。笑みをこぼした航志朗はその歌声に耳を傾けた。ふいに歌声が途切れて、安寿はうとうとし出した。航志朗はそんなありのままの安寿を静かに見つめていた。
（本当に不思議なひとだよな、安寿は……）
風呂から出ると、ダークネイビーのシャツを羽織った航志朗は、ぼんやりとソファに寄りかかって座っている安寿に温かいミルクティーを運んだ。安寿はゆったりとした白いリネンワンピースを着ている。安寿は礼を言って口をつけた。マグカップを持って航志朗は安寿の隣に座った。安寿はコーヒーを啜っている航志朗の穏やかな横顔を愛おしそうに見つめた。
静かなふたりだけの時間が流れる。
（ずっと航志朗さんと一緒にいられるといいのに……）
安寿は心からそう思った。
（なんて凄まじいんだ。いつも君には心底驚かされる。安寿、本当の君は天使の皮を被った悪魔なんじゃないのか……。でも、君が天使だろうが悪魔だろうが、俺はどっちだって構わない。君は俺の愛する唯一の女だ）
だんだん理性が戻ってきた航志朗は身をよじりたくなるほどの羞恥心に襲われた。
（このシチュエーションって正反対なんじゃないのか。普通だったら初めての安寿のほうが泣いて、俺のほうが彼女を抱きしめるっていう構図だよな……）
その時、安寿が「ん……」と愛くるしい声でうなってから、ゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした瞳で航志朗をしばらく見つめると、突然、安寿は目をそらして真っ赤になった。目を細めながら航志朗はそっと声をかけた。
「おはよう、安寿」
安寿はあわてて胸を隠してうつぶせになって言った。
「……おはようございます、航志朗さん」
陽光に照らされて白く光る安寿の裸の背中を見て、航志朗はまたたまらない気持ちになってしまった。航志朗はすぐに後ろから安寿を抱きしめて、安寿の後ろ髪に顔をうずめた。
安寿は少し振り返って心配そうな面持ちで尋ねた。
「航志朗さん、……眠れましたか？」
「ああ、よく眠れたよ。ありがとう、安寿」
「……よかった」
心からほっとしたように安寿は微笑んだ。
「安寿。君こそ、……大丈夫なのか」
安寿は何も答えなかった。安寿の耳は真っ赤だ。航志朗は安寿の顎をそっとつかむと安寿に口づけた。とろんとした瞳で安寿に見つめられて、航志朗は理性が粉々に砕かれそうになった。
まもなく安寿が微かな声で言った。
「私、お風呂に入ってきます……」
「わかった。俺が用意してくるから、ちょっと待ってて」
航志朗はカーペットに落ちていたパジャマを拾い上げて羽織るとベッドルームを出て行った。
（私、とうとう航志朗さんと……）
物憂げに起き上がった安寿は自分の身体を抱きしめた。
そこへ航志朗が戻って来た。シーツをひと目見た航志朗は激しく動揺した。安寿は航志朗の視線に気づくと目を落とした。色のついたしみがついている。安寿は無言でシーツをはがすと身体に巻きつけた。顔の色をなくして航志朗はシーツごと安寿を抱きしめた。
「安寿。俺は、また君を……」
安寿は小さく微笑んだ。
「航志朗さん、そんな顔しないでください。私、大丈夫ですから」
安寿は航志朗の頬に手をそっと置いた。そして、顔を赤らめて甘い声で言った。
「ねえ、航志朗さん。一緒にお風呂に入りましょうよ」
いきなりの想定外の安寿の誘いに航志朗はうろたえた。返事を聞かずに航志朗の手を引っぱって、安寿はまるでウエディングドレスのトレーンを引きずるように航志朗とベッドルームを出て行った。
ふたりはバスタブに一緒に浸かった。たちまち湯があふれ出た。外からのまばゆい光が窓から差し込んできてバスルームはとても明るい。髪をアップにした安寿は足を組んで腕で胸を隠してはいたが、まったく羞恥心を感じていなかった。だんだん身体が温まってきて心地よい。気持ちも緩んできた安寿は、あのフォークソングを口ずさみ始めた。笑みをこぼした航志朗はその歌声に耳を傾けた。ふいに歌声が途切れて、安寿はうとうとし出した。航志朗はそんなありのままの安寿を静かに見つめていた。
（本当に不思議なひとだよな、安寿は……）
風呂から出ると、ダークネイビーのシャツを羽織った航志朗は、ぼんやりとソファに寄りかかって座っている安寿に温かいミルクティーを運んだ。安寿はゆったりとした白いリネンワンピースを着ている。安寿は礼を言って口をつけた。マグカップを持って航志朗は安寿の隣に座った。安寿はコーヒーを啜っている航志朗の穏やかな横顔を愛おしそうに見つめた。
静かなふたりだけの時間が流れる。
（ずっと航志朗さんと一緒にいられるといいのに……）
安寿は心からそう思った。
