今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
第17章 「永遠の恋人」
第1節
午後十時五十五分に定刻通り、航志朗が搭乗した飛行機は羽田空港から一路パリ・シャルル・ド・ゴール空港に向けて飛び立った。約十二時間のフライトだ。
ビジネスクラスの座席に座った航志朗はノートパソコンを開いて仕事をしようとしたが、眠くて仕方がない。航志朗はあきらめてフルフラットシートの上に横になった。黒いシャツの袖が顔に触れると、その理由に気づいた。
(安寿の匂いがする。眠くなるわけだ)
航志朗は安寿の姿を思い浮かべながら、心のなかでつぶやいた。
「おやすみ、安寿」
航志朗は目を閉じた。アタッシェケースは航志朗の隣の座席に置いてある。絵に描かれた安寿も目を閉じているが、永遠に彼女が目を開けることはない。
その頃、岸家に帰宅した安寿も自室でベッドに横になっていた。安寿はなかなか眠れなかった。嬉しくて仕方がないからだ。
(あさってには、また航志朗さんに会える)
枕を胸に抱きしめて航志朗の匂いとその温もりを思い出しながら口に出してつぶやいた。
「おやすみなさい、航志朗さん……」
そして、微笑みながら安寿は目を閉じた。
航志朗は現地時間でその翌日の午前八時に、パリ経由でコート・ダジュール空港に到着した。ニースを訪れるのは、二年四か月ぶりだ。
国際線到着ロビーで、ノア・ドゥ・デュボアが航志朗を笑顔で出迎えた。
「コーシ、ニースにようこそ、おかえりなさい!」
「ノア、たいへん久しぶりですね。今回も出迎えをありがとうございます」
航志朗とノアは握手を交わした。すぐに、ふたりは互いが結婚指輪をしていることに気づいた。
「コーシ、ご結婚されたのですか!」
「ええ、昨年の春に。ノアもご結婚されたのですね」
ノアは顔を赤らめて照れながら言った。
「はい。私も昨年結婚いたしました。実はもうすぐ子どもが生まれるんです」
「それは楽しみですね。私たちはお互いに片思いが成就したんですね」
航志朗はノアに親しみを感じながら柔らかく微笑んだ。
迎えの車に乗り込むと、航志朗は前回と同じ運転手の男にもあいさつをした。男も航志朗に明るく笑いかけながらハンドルを握った。
見覚えのある海岸通りを走っている時に、ふと思い出したようにノアが言った。
「前回ご訪問していただいた時にご紹介したあの店なんですけれど、あの後すぐに店をたたんだんです。街の噂では、あの店のマダムはピレネー山脈のふもとの修道院のシスターで、聖母像の修繕費用を稼ぐために店を出していたらしいですよ」
「そうですか。実は、あのブレスレット、いつのまにか失くしてしまったんです。どこかに落としてしまったようで」と不思議そうに航志朗が言った。
目を細めてノアは微笑んだ。
「コーシ、私もです。そして、彼女と結ばれた。そうでしょう?」
「まあ、そういうことになりますね……」
白い高級車は急な坂道を登って行く。眼下にまたエーゲ海が見えてきた。航志朗はまぶしそうに目を細めて海を見つめた。運転手が気を利かせて後部座席の窓を開けた。潮の香りとともに真っ青な海の色彩が航志朗の目のなかに入ってくる。
(いつか、この海の色を安寿に見せてあげたい)
航志朗はきらめく海の波間をその琥珀色の瞳で眺めた。おもむろに航志朗は想像する。航志朗の目の前には白いワンピースを着た安寿が立っている。安寿が目を見張っているのが、後ろ姿でもありありとわかる。航志朗は後ろから安寿を抱きしめる。安寿は振り返って嬉しそうに大声をあげた。
「航志朗さん、見て! なんて美しい海の色なの」
(そして、俺は彼女に口づけて、その愛らしい耳にささやく。「君のほうが、ずっと美しいよ」と)
思わず航志朗はにやけてしまった。助手席から振り返ったノアが、航志朗の甘い妄想を見透かしたかのように、航志朗を微笑ましく見つめた。
ビジネスクラスの座席に座った航志朗はノートパソコンを開いて仕事をしようとしたが、眠くて仕方がない。航志朗はあきらめてフルフラットシートの上に横になった。黒いシャツの袖が顔に触れると、その理由に気づいた。
(安寿の匂いがする。眠くなるわけだ)
航志朗は安寿の姿を思い浮かべながら、心のなかでつぶやいた。
「おやすみ、安寿」
航志朗は目を閉じた。アタッシェケースは航志朗の隣の座席に置いてある。絵に描かれた安寿も目を閉じているが、永遠に彼女が目を開けることはない。
その頃、岸家に帰宅した安寿も自室でベッドに横になっていた。安寿はなかなか眠れなかった。嬉しくて仕方がないからだ。
(あさってには、また航志朗さんに会える)
枕を胸に抱きしめて航志朗の匂いとその温もりを思い出しながら口に出してつぶやいた。
「おやすみなさい、航志朗さん……」
そして、微笑みながら安寿は目を閉じた。
航志朗は現地時間でその翌日の午前八時に、パリ経由でコート・ダジュール空港に到着した。ニースを訪れるのは、二年四か月ぶりだ。
国際線到着ロビーで、ノア・ドゥ・デュボアが航志朗を笑顔で出迎えた。
「コーシ、ニースにようこそ、おかえりなさい!」
「ノア、たいへん久しぶりですね。今回も出迎えをありがとうございます」
航志朗とノアは握手を交わした。すぐに、ふたりは互いが結婚指輪をしていることに気づいた。
「コーシ、ご結婚されたのですか!」
「ええ、昨年の春に。ノアもご結婚されたのですね」
ノアは顔を赤らめて照れながら言った。
「はい。私も昨年結婚いたしました。実はもうすぐ子どもが生まれるんです」
「それは楽しみですね。私たちはお互いに片思いが成就したんですね」
航志朗はノアに親しみを感じながら柔らかく微笑んだ。
迎えの車に乗り込むと、航志朗は前回と同じ運転手の男にもあいさつをした。男も航志朗に明るく笑いかけながらハンドルを握った。
見覚えのある海岸通りを走っている時に、ふと思い出したようにノアが言った。
「前回ご訪問していただいた時にご紹介したあの店なんですけれど、あの後すぐに店をたたんだんです。街の噂では、あの店のマダムはピレネー山脈のふもとの修道院のシスターで、聖母像の修繕費用を稼ぐために店を出していたらしいですよ」
「そうですか。実は、あのブレスレット、いつのまにか失くしてしまったんです。どこかに落としてしまったようで」と不思議そうに航志朗が言った。
目を細めてノアは微笑んだ。
「コーシ、私もです。そして、彼女と結ばれた。そうでしょう?」
「まあ、そういうことになりますね……」
白い高級車は急な坂道を登って行く。眼下にまたエーゲ海が見えてきた。航志朗はまぶしそうに目を細めて海を見つめた。運転手が気を利かせて後部座席の窓を開けた。潮の香りとともに真っ青な海の色彩が航志朗の目のなかに入ってくる。
(いつか、この海の色を安寿に見せてあげたい)
航志朗はきらめく海の波間をその琥珀色の瞳で眺めた。おもむろに航志朗は想像する。航志朗の目の前には白いワンピースを着た安寿が立っている。安寿が目を見張っているのが、後ろ姿でもありありとわかる。航志朗は後ろから安寿を抱きしめる。安寿は振り返って嬉しそうに大声をあげた。
「航志朗さん、見て! なんて美しい海の色なの」
(そして、俺は彼女に口づけて、その愛らしい耳にささやく。「君のほうが、ずっと美しいよ」と)
思わず航志朗はにやけてしまった。助手席から振り返ったノアが、航志朗の甘い妄想を見透かしたかのように、航志朗を微笑ましく見つめた。