今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 ガスをつけてからシステムキッチンの上で安寿は大根をおろし始めた。航志朗はキッチンにやって来ると安寿を後ろから抱きしめながら、ふと安寿の指先に目を落とした。

 「安寿。その指、どうしたんだ?」

 安寿の左手の人さし指と中指に絆創膏が巻いてある。ガーゼには少し血がにじみ出ている。

 「お料理の下ごしらえをしていたら、ちょっと切ってしまって……」

 「おいおい、安寿。俺がやるから、君は休んでいろ!」

 航志朗は大根を安寿の手から取り上げておろし始めた。あっという間に大根おろしができあがった。安寿は温め直した料理をプレートに盛った。航志朗が安寿の手料理をダイニングテーブルに運びながら嬉しそうに言った。

 「おいしそうだな。俺、旬のサンマ食べるの久しぶりだよ……」

 「スーパーマーケットに行ったら、新鮮でおいしそうだったんです。本当は、コロッケをつくるつもりだったんですけど」

 「コロッケも食べたいな」

 「はい。では、今度つくりますね」

 安寿は思わず口にしてしまった「今度」という言葉に、胸がちくっと痛んだ。

 しゃもじを持って航志朗は炊飯器のふたを開けながら言った。

 「うん、楽しみにしているよ。……って、栗ごはんじゃないか! 十数年ぶりだよ。俺、栗が大好物なんだ」

 嬉しそうに安寿は微笑んだ。

 「それはよかったです。私も栗好きですよ。どうぞ、たくさん召しあがってくださいね、航志朗さん」

 「安寿、もしかして栗の皮をむいていて、けがしたんじゃないのか?」

 安寿は恥ずかしそうにうなずいた。
 
 「はい、そうなんです。私、本当に不器用なんですよ」

 「安寿……。がんばりすぎるなよ。料理するたびにけがされたら、俺はたまらないからな」

 安寿は困ったように笑った。航志朗は安寿を抱きしめるとかがんで言った。

 「すごく嬉しいよ。安寿、俺のためにありがとう」

 航志朗は安寿の頬を両手で持ち上げた。あわてて安寿が言った。

 「温かいうちにいただきましょう、航志朗さん!」

 そのままで航志朗はうなずいた。

 ものすごい勢いで料理を口に運ぶ航志朗を安寿は箸と茶碗を手に持ちながら黙って眺めていた。

 「ん? どうした、安寿」

 航志朗は安寿に目線を送った。

 安寿はおずおずと尋ねた。

 「あの、……お口に合いますか?」

 「おいおい! 口に合うどころか、ものすごくおいしいよ」

 そう言うと航志朗は目尻を下げた。安寿はほっとしたように微笑んだ。

 ダイニングテーブルの上にはサンマの塩焼きと栗ごはんの他に、小松菜と油揚げの煮びたしやきんぴらごぼう、さつまいもの天ぷら、温野菜のサラダに根菜がたっぷり入った味噌汁が並んでいる。旬の野菜をふんだんに使っていて、栄養バランスも完璧だ。きっと時間をかけて用意してくれたのだろう。

 栗ごはんをおいしそうにほおばる安寿を見ながら、航志朗はつくづく思った。

 (なんて幸せなんだ。毎日、安寿と一緒にいたい……)

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