今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 食事が済むと安寿は函館北斗駅で買い求めた菓子折りを持って来た。安寿は箱の裏面を見ながら言った。

 「賞味期限はおとといまでだったんですけど、消費期限じゃないから大丈夫ですよね。今、お茶淹れますね」

 「安寿、風呂に入ってから食べよう」

 航志朗は立ち上がって安寿の手を取った。安寿は航志朗を見上げて真っ赤になった。

 「い、一緒に入るんですか……」

 「もちろん」

 にんまりと航志朗は嬉しそうに笑った。

 「え、えーと、私、後片づけをしますから、航志朗さん、お先にどうぞ」

 「君はけがしているんだから、俺がやる」

 「私がします。航志朗さんは長旅で疲れているんですから」

 ふたりはじっと互いの顔を見つめて、ぷっと吹き出した。すぐに並んでシンクの前に立ち、一緒に食器を洗い始めた。

 「安寿、食洗機を買おう。家事の時短には必要だよ」

 「そんなぜいたくですよ。手で洗えるのに、もったいないです」

 くすっと航志朗は笑って言った。

 「そんなことはない。時間は有限だ。必要な投資だよ。こうする時間が増えるんだからな」

 横を向いて航志朗は泡のついたスポンジを手に持ったままで安寿にキスした。頬を赤らめて安寿はうつむいた。

 後片づけが終わると、航志朗はバスタブに湯を張りに行った。安寿は胸がどきどきしてきた。リビングルームに戻って来た航志朗は菓子折りを開けると、中からチョコレートクッキーを取り出してさっそく口にした。

 「鄭会長が、君によろしくって。君に会いたいって何回も言っていたよ。安寿、ソウルに一緒に行くか。たったの二時間半のフライトだ」

 安寿はソファに座ってうつむいた。

 (そんなこと言われても……)

 二枚目のチョコレートクッキーを袋から取り出して口にくわえた航志朗は安寿の隣に座った。

 「ん……」

 航志朗は安寿の肩に腕を回しながら口を突き出した。安寿は真っ赤になって動揺した。有無を言わさずにチョコレートクッキーが唇に割り込んでくる。観念した安寿はそれをかじると、すぐに航志朗の唇が押しつけられた。口の中で溶けるチョコレートよりも甘い時間が始まった。航志朗は安寿をソファに押し倒して、その上に覆いかぶさった。唇を重ねながら航志朗は安寿の身体をまさぐる。航志朗にしがみついた安寿は息が荒くなりながら訴えた。

 「航志朗さん、……お風呂は?」

 航志朗は目を細めて言った。

 「そうだな。まず一緒に風呂に入るか」

 航志朗は安寿をバスルームに引っぱっていった。安寿は恥ずかしくてどうしようもなくなった。安寿の目の前でさっさと航志朗は服を脱ぎ始めた。目をそらした安寿に向かって裸になった航志朗が言った。

 「安寿、先に入っているよ」

 すぐにバスタブの湯があふれる音がした。安寿は深呼吸してからゆっくりと服を脱いだ。ドア越しに安寿は必死の思いで航志朗に頼んだ。

 「航志朗さん、私がいいと言うまで目を閉じていてくださいね!」

 中から笑い声がした。バスルームに入ると航志朗が目を閉じているのを確認してから、安寿は髪と身体を洗った。そして、航志朗を見ないようにして、そろそろとバスタブに浸かった。

 すぐに目をつむった航志朗に声をかけられる。

 「安寿、恥ずかしいのか? 初めてじゃないのに」

 安寿は何も答えなかった。胸を両腕で隠して深く湯に浸かると、航志朗に背中を向けた。

 「そろそろ、目を開けてもいいだろ?」

 「……はい」

 目を開けた航志朗は、目の前の光景に胸をどきっとさせた。安寿の長い黒髪が湯の中を漂っている。あの絵をすぐに思い浮かべた。

 航志朗は身体じゅうを興奮させて安寿を後ろから抱きしめた。安寿は身を縮こまらせた。航志朗は力ずくで安寿を向き直らせると、安寿の身体にキスし始めた。ちゃぷちゃぷと湯が音を立てる。眉間にしわを寄せた安寿は、航志朗にしがみついて訴えた。

 「このままだと、のぼせちゃう……」

 一瞬、航志朗は安寿の顔色をうかがった。だが、止めることはできない。安寿の名前を呼びながら、何回もその唇にキスして言った。

 「待ちきれない。安寿、もう出ようか」

 真っ赤になった安寿は小さくうなずいた。

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