今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
真っ白なバスタオルに身を包むと安寿はひと息ついた。髪をドライヤーで乾かしてからリビングルームに行った。腰にタオルを巻いた航志朗がソファで炭酸水を飲んでいる。安寿も航志朗の隣に座って炭酸水を飲んだ。
急に航志朗は思い出して、アタッシェケースを開けた。中からフランス語が印刷されたショッピングバッグを取り出すと安寿に手渡した。ずっしりと重い。
「ニースの土産だ」
「……ありがとうございます」
それは、アンリ・マティスの画集だった。突如として安寿の目の色が変わったのを見て、航志朗は愉しそうに口元をほころばせた。自分がバスタオルを巻いただけの状態だというのをすっかり忘れて、安寿は画集に見入った。画集はフランス語で書かれてある。半年近く大学でフランス語を学んでいても、さっぱり何が書かれているのかわからない。夢中になった安寿は、航志朗に大声で訴えるように言った。
「航志朗さん、ここ、読んでください!」
安寿は画集の一ページを指さした。
航志朗はうっとりするような美しい発音でキャプションを読んだ。思わず安寿は航志朗の顔をまじまじと見つめた。
(私、間違えちゃった! 「読んでください」じゃなくて、「訳してください」だった。それにしても、航志朗さんてフランス語も堪能なんだ……)
画集のページを安寿はゆっくりとめくった。一度も描いたことがない色彩の組み合わせに胸が弾む。我を忘れて熱中する安寿は、バスタオルがずり落ちてきたことにまったく気がつかない。それに気づいた航志朗は思わず苦笑いした。
航志朗はわざとフランス語で安寿に言った。
「アンジュ、君の美しい身体が丸見えだよ……」
安寿はきょとんとした目をして航志朗を見つめた。そして、そのまま安寿は画集に目を戻した。安寿の素の姿に航志朗は可笑しくなって肩を震わせた。
(本当に、安寿は面白いひとだよな……)
真剣に画集を見て、心から感心したように安寿が言った。
「マティスの絵って、色彩が踊っていますね」
「本当にそうだな」
航志朗は微笑んで安寿の頬にキスした。
ふと安寿がつぶやいた。
「私、ここに行ってみたい」
その言葉に驚いた航志朗が、あわてて安寿が見ているページをのぞき込んだ。
「ヴァンスの礼拝堂か。俺も行ってみたいな」
(ニースのすぐ近くだ。いつか必ず安寿と一緒に行く)
ひそかに航志朗は心に誓った。
航志朗は安寿の素肌を見つめた。急に我慢できなくなって安寿の背中に唇を這わせる。くすぐったそうに安寿は身体をよじらせて画集を閉じると、目を潤ませて航志朗を見つめた。安寿は航志朗にそっとキスした。ふたりはきつく抱き合って唇を重ねた。
航志朗が立ち上がって、安寿に手を差し出した。安寿はその手に自分の手を重ねた。
ふたりは手をつないで階段を上がった。
ベッドルームに入るとバスタオルを取ってベッドの上で抱き合った。裸になって横たわった安寿の長い黒髪がシーツに広がっていくのを、航志朗はたまらない気持ちで見つめた。
(俺は絶対に君を離さない。これから何があろうとも)
ふたりの息遣いが荒く激しくなっていく。身体じゅうで航志朗にしがみついた安寿は、航志朗の肩に口を押しつけて声をあげるのをこらえる。汗をしたたらせた航志朗は優しく微笑みながら安寿に言った。
「俺の前では我慢しなくていい。君はありのままでいいんだ、安寿」
思わず涙ぐんで安寿は航志朗を見つめた。安寿は胸を詰まらせて思った。
(ずっと、こうしていたい。離れたくない……)
やがて、静寂がふたりを包んだ。まどろむ航志朗の腕の中で安寿が言った。
「航志朗さん」
「……ん?」
「私、あなたと一緒にいると安心します」
安寿は航志朗の胸に顔を押しつけた。
航志朗は目を細めた。
「君にそう言われると、とても嬉しいよ」
安寿の額にキスしてから、航志朗が言った。
「安寿」
「……はい」
「俺も君と一緒にいると安心するよ。こんな気持ちになるのは初めてだ」
安寿の目からじわっと涙があふれた。あわてて手のひらでぬぐう。航志朗は安寿の額に自分の額を愛おしそうにこすりつけた。
「安寿、君を愛している。もうどうしようもないくらいに」
思わず安寿は口にしてしまった。ため息をもらすような微かな声で。
「……私も」
その言葉に身震いした航志朗は安寿を両腕できつく抱きしめて、安寿の首筋に生温かい吐息を吹きかけた。また航志朗の身体が熱を帯びてきたのを感じる。安寿は航志朗の琥珀色の瞳の奥を見つめた。
その時、安寿は切実に思った。
(ずっと前から、私はこの瞳を知っている)
甘く低い声で航志朗はささやいた。
「もっと、君が欲しい……」
頬を赤らめて安寿はうなずいた。またふたりは互いを求めて濃密に抱き合った。
急に航志朗は思い出して、アタッシェケースを開けた。中からフランス語が印刷されたショッピングバッグを取り出すと安寿に手渡した。ずっしりと重い。
「ニースの土産だ」
「……ありがとうございます」
それは、アンリ・マティスの画集だった。突如として安寿の目の色が変わったのを見て、航志朗は愉しそうに口元をほころばせた。自分がバスタオルを巻いただけの状態だというのをすっかり忘れて、安寿は画集に見入った。画集はフランス語で書かれてある。半年近く大学でフランス語を学んでいても、さっぱり何が書かれているのかわからない。夢中になった安寿は、航志朗に大声で訴えるように言った。
「航志朗さん、ここ、読んでください!」
安寿は画集の一ページを指さした。
航志朗はうっとりするような美しい発音でキャプションを読んだ。思わず安寿は航志朗の顔をまじまじと見つめた。
(私、間違えちゃった! 「読んでください」じゃなくて、「訳してください」だった。それにしても、航志朗さんてフランス語も堪能なんだ……)
画集のページを安寿はゆっくりとめくった。一度も描いたことがない色彩の組み合わせに胸が弾む。我を忘れて熱中する安寿は、バスタオルがずり落ちてきたことにまったく気がつかない。それに気づいた航志朗は思わず苦笑いした。
航志朗はわざとフランス語で安寿に言った。
「アンジュ、君の美しい身体が丸見えだよ……」
安寿はきょとんとした目をして航志朗を見つめた。そして、そのまま安寿は画集に目を戻した。安寿の素の姿に航志朗は可笑しくなって肩を震わせた。
(本当に、安寿は面白いひとだよな……)
真剣に画集を見て、心から感心したように安寿が言った。
「マティスの絵って、色彩が踊っていますね」
「本当にそうだな」
航志朗は微笑んで安寿の頬にキスした。
ふと安寿がつぶやいた。
「私、ここに行ってみたい」
その言葉に驚いた航志朗が、あわてて安寿が見ているページをのぞき込んだ。
「ヴァンスの礼拝堂か。俺も行ってみたいな」
(ニースのすぐ近くだ。いつか必ず安寿と一緒に行く)
ひそかに航志朗は心に誓った。
航志朗は安寿の素肌を見つめた。急に我慢できなくなって安寿の背中に唇を這わせる。くすぐったそうに安寿は身体をよじらせて画集を閉じると、目を潤ませて航志朗を見つめた。安寿は航志朗にそっとキスした。ふたりはきつく抱き合って唇を重ねた。
航志朗が立ち上がって、安寿に手を差し出した。安寿はその手に自分の手を重ねた。
ふたりは手をつないで階段を上がった。
ベッドルームに入るとバスタオルを取ってベッドの上で抱き合った。裸になって横たわった安寿の長い黒髪がシーツに広がっていくのを、航志朗はたまらない気持ちで見つめた。
(俺は絶対に君を離さない。これから何があろうとも)
ふたりの息遣いが荒く激しくなっていく。身体じゅうで航志朗にしがみついた安寿は、航志朗の肩に口を押しつけて声をあげるのをこらえる。汗をしたたらせた航志朗は優しく微笑みながら安寿に言った。
「俺の前では我慢しなくていい。君はありのままでいいんだ、安寿」
思わず涙ぐんで安寿は航志朗を見つめた。安寿は胸を詰まらせて思った。
(ずっと、こうしていたい。離れたくない……)
やがて、静寂がふたりを包んだ。まどろむ航志朗の腕の中で安寿が言った。
「航志朗さん」
「……ん?」
「私、あなたと一緒にいると安心します」
安寿は航志朗の胸に顔を押しつけた。
航志朗は目を細めた。
「君にそう言われると、とても嬉しいよ」
安寿の額にキスしてから、航志朗が言った。
「安寿」
「……はい」
「俺も君と一緒にいると安心するよ。こんな気持ちになるのは初めてだ」
安寿の目からじわっと涙があふれた。あわてて手のひらでぬぐう。航志朗は安寿の額に自分の額を愛おしそうにこすりつけた。
「安寿、君を愛している。もうどうしようもないくらいに」
思わず安寿は口にしてしまった。ため息をもらすような微かな声で。
「……私も」
その言葉に身震いした航志朗は安寿を両腕できつく抱きしめて、安寿の首筋に生温かい吐息を吹きかけた。また航志朗の身体が熱を帯びてきたのを感じる。安寿は航志朗の琥珀色の瞳の奥を見つめた。
その時、安寿は切実に思った。
(ずっと前から、私はこの瞳を知っている)
甘く低い声で航志朗はささやいた。
「もっと、君が欲しい……」
頬を赤らめて安寿はうなずいた。またふたりは互いを求めて濃密に抱き合った。