今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
窓際に薄明かりが差してきた。航志朗に後ろから抱きしめられた安寿は目を開けて深くため息をついた。振り返ると航志朗がぐっすりと眠っている。安寿は慎重に航志朗の腕を外してベッドに腰掛けた。
安寿は自分の姿に驚愕した。髪は乱れに乱れて、肌には昨夜の余韻がありありと残っている。そして、ベッドの下には避妊具が落ちている。
(私、こんなことをしていていいの……。いずれ別れなければならないひとと)
言い知れぬ罪悪感に安寿は襲われた。安寿は左手の薬指の結婚指輪をじっと見つめた。
安寿はバスルームに行って熱いシャワーを浴びた。いつものネイビーのワンピースに着替えると洗濯乾燥機の中に洗濯物が入ったままになっていることに気づいた。取り出してみると航志朗のシャツがしわになっていた。安寿はアイロンを出して来て、リビングルームでアイロンをかけた。すべての航志朗の洗濯物を丁寧にたたんでソファに置いた。
安寿は航志朗の服の一枚一枚に想いを込めてたたんでいた。
(遠いところへ行く彼を優しく包んで、どうか守ってください……)
安寿はキッチンに行くと昨夜タイマー設定をしておいた炊きたてのご飯でおにぎりを握った。それから湯を沸かして、フライパンでだし巻き卵をつくってミニトマトと一緒にプレートに並べた。
時計を見ると午前七時を過ぎている。安寿はおにぎりを食べてから身支度を整えた。二階をうかがうが、物音ひとつしない。きっと航志朗はまだ眠っているのだろう。
静かな足取りで安寿はベッドルームに入った。うつ伏せになって航志朗が眠っている。少し離れたところから改めて見る航志朗は本当に大きなたくましい身体をしている。安寿は昨晩のことを思い出して顔を赤らめた。
少し前に航志朗は目を覚ましていた。安寿が隣にいないことに気づいて、航志朗は恐ろしいほど胸が苦しくなった。悲痛がその身体じゅうを貫いた。
(まずい。俺は泣き出しそうだ)
そこへ安寿がやって来たのがわかった。あわてて航志朗はベッドに突っ伏して寝たふりをした。
ベッドのすみに座った安寿は、航志朗の裸の背中に向かって小声で言った。
「航志朗さん、私、そろそろ大学に行きますね」
安寿の声は震え始めた。
「どうか、お気をつけて。心からあなたのお帰りを待っていますね」
思わず航志朗はシーツを握りしめた。我慢できずに安寿は航志朗の背中に手を触れた。
「安寿!」
いきなり航志朗は飛び起きて安寿をきつく抱きしめた。安寿は驚いて声をあげた。
「航志朗さん!」
「安寿、ここで一緒に暮らそう。俺はもう君なしでは生きられない!」
安寿は寂しげに微笑んだ。
「それはできません」
「なぜだ? 俺たちは夫婦なのに……」
航志朗の顔から血の気が引いた。
「だって、私は岸先生のモデルなんです。結婚する前からずっと」
「安寿、前から君に訊きたかった。君は、父のことをどう思っているんだ?」
「……とても尊敬しています」
「尊敬か」
苦しげな表情をしながら航志朗は心のなかで思った。
(俺の父親は、君の母親の裸体を描いた画家だというのに。もしかしたら、あのアトリエでふたりは背徳的な行為をしていたかもしれないんだ。それを君が知ったら、いったい俺たちはどうなるんだ……)
腕時計を見た安寿はあせって言った。
「私、そろそろ大学に行かないと。朝食を用意しましたので、よかったらどうぞ」
航志朗は安寿をきつく抱きしめて離さない。
「俺が車で送って行く」
「でも……」
「君と一分一秒でも長く一緒にいたいんだ」
そっと安寿はため息をついた。
安寿は自分の姿に驚愕した。髪は乱れに乱れて、肌には昨夜の余韻がありありと残っている。そして、ベッドの下には避妊具が落ちている。
(私、こんなことをしていていいの……。いずれ別れなければならないひとと)
言い知れぬ罪悪感に安寿は襲われた。安寿は左手の薬指の結婚指輪をじっと見つめた。
安寿はバスルームに行って熱いシャワーを浴びた。いつものネイビーのワンピースに着替えると洗濯乾燥機の中に洗濯物が入ったままになっていることに気づいた。取り出してみると航志朗のシャツがしわになっていた。安寿はアイロンを出して来て、リビングルームでアイロンをかけた。すべての航志朗の洗濯物を丁寧にたたんでソファに置いた。
安寿は航志朗の服の一枚一枚に想いを込めてたたんでいた。
(遠いところへ行く彼を優しく包んで、どうか守ってください……)
安寿はキッチンに行くと昨夜タイマー設定をしておいた炊きたてのご飯でおにぎりを握った。それから湯を沸かして、フライパンでだし巻き卵をつくってミニトマトと一緒にプレートに並べた。
時計を見ると午前七時を過ぎている。安寿はおにぎりを食べてから身支度を整えた。二階をうかがうが、物音ひとつしない。きっと航志朗はまだ眠っているのだろう。
静かな足取りで安寿はベッドルームに入った。うつ伏せになって航志朗が眠っている。少し離れたところから改めて見る航志朗は本当に大きなたくましい身体をしている。安寿は昨晩のことを思い出して顔を赤らめた。
少し前に航志朗は目を覚ましていた。安寿が隣にいないことに気づいて、航志朗は恐ろしいほど胸が苦しくなった。悲痛がその身体じゅうを貫いた。
(まずい。俺は泣き出しそうだ)
そこへ安寿がやって来たのがわかった。あわてて航志朗はベッドに突っ伏して寝たふりをした。
ベッドのすみに座った安寿は、航志朗の裸の背中に向かって小声で言った。
「航志朗さん、私、そろそろ大学に行きますね」
安寿の声は震え始めた。
「どうか、お気をつけて。心からあなたのお帰りを待っていますね」
思わず航志朗はシーツを握りしめた。我慢できずに安寿は航志朗の背中に手を触れた。
「安寿!」
いきなり航志朗は飛び起きて安寿をきつく抱きしめた。安寿は驚いて声をあげた。
「航志朗さん!」
「安寿、ここで一緒に暮らそう。俺はもう君なしでは生きられない!」
安寿は寂しげに微笑んだ。
「それはできません」
「なぜだ? 俺たちは夫婦なのに……」
航志朗の顔から血の気が引いた。
「だって、私は岸先生のモデルなんです。結婚する前からずっと」
「安寿、前から君に訊きたかった。君は、父のことをどう思っているんだ?」
「……とても尊敬しています」
「尊敬か」
苦しげな表情をしながら航志朗は心のなかで思った。
(俺の父親は、君の母親の裸体を描いた画家だというのに。もしかしたら、あのアトリエでふたりは背徳的な行為をしていたかもしれないんだ。それを君が知ったら、いったい俺たちはどうなるんだ……)
腕時計を見た安寿はあせって言った。
「私、そろそろ大学に行かないと。朝食を用意しましたので、よかったらどうぞ」
航志朗は安寿をきつく抱きしめて離さない。
「俺が車で送って行く」
「でも……」
「君と一分一秒でも長く一緒にいたいんだ」
そっと安寿はため息をついた。