今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 都内の大きなホテルで行われた授賞式に安寿は出席した。恵が急遽用意したよそいきのワンピースを着て行った。受賞の知らせを受けた恵は飛び上がって大喜びしたが、どうしても取材のアポイントメントが入っていて来られなかった。その代わりに吉川が付き添ってくれた。終始、吉川は感動で涙ぐんでいた。安寿が心配になってしまうほど、吉川のハンカチは湿っていた。

 ホテルのバンケットホールには受賞作品が並んでいた。安寿の作品は『審査員特別賞』だった。本当に安寿は信じられなかった。受賞作品は明らかに誰が見てもレベルの高い作品ばかりだった。小中学生ではなく、プロフェッショナルな画家が描いた絵のようだった。安寿の風景画は受賞作品のいちばん端に置かれていたが、安寿の作品の前には人だかりができていた。様ざまな色の髪や肌をした大人たちが、安寿の理解できない言語で声高に話をしていた。

 受賞者たちが壇上に並んで新聞社のカメラマンが集合写真を撮った。シャッターを切る瞬間に、安寿は意図的に目を閉じた。やがて、安寿は自分の名前が呼ばれると壇上に上がって賞状と記念品を授与された。安寿の作品を選んでくれた審査員は艶やかな着物を着こなした日本人女性で、しかも、とても美しい(ひと)だった。その審査員は安寿に微笑みながら言った。

 「白戸安寿さん、私、あなたの絵が本当に好きよ。これからも絵を描き続けてね。専門的に美術を学ぶために、美術大学に行くことをおすすめするわ。あなたには揺るぎない絵の才能があるんですもの。そうだわ! 美大の付属高校に進学したらどうかしら、清華美術大学付属高校とか」

 「清華美術大学付属高校……」

 その時、安寿は思った。

 (その大学の名前は聞いたことがある。でも、私なんかが行けるわけがない)

 そこまで話した安寿は、突然「あっ」と短い声をあげた。

 「どうした? 安寿」

 安寿は航志朗の顔を見て、夢から覚めたような瞳の色を浮かべて言った。

 「その審査員のひと、華鶴さんだった……。絶対にそう!」

 航志朗は目を大きく見開いて大声を出した。

 「なんだって!」

 背中に嫌な悪寒が走ったのを航志朗は感じた。

 「きっと、華鶴さんは、小学五年生の私のことなんか忘れていらっしゃるのでしょうね」

 その瞬間、航志朗は胸の内で叫んだ。

 (絶対にそんなことはない! なんだよ「審査員特別賞」って。あの女は安寿を手に入れようと、長い時間をかけて画策してきたっていうことか!)

 「今振り返ると、その時、私は将来への希望を持つことができたんです。これから大好きな絵の道を進んで行こうって。すべて華鶴さんのおかげです」

 そう言うと安寿はにっこりと微笑んだ。

 「安寿……」

 胸の奥を騒めかせて航志朗は思った。

 (今の君は何も知らないし、何もわかっていない……)
 
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