今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 アンジュ、私、あなたに伝えたいことがあるの。
 
 ……コーシの昔のある出来事よ。

 もしかしたら、あなたに悲しい思いをさせることになるかもしれない。

 だけど、事実として知っておいてほしいの。いいえ、彼のパートナーとして知っておくべきだと私は思う。

 だから、どうか落ち着いて、アンジュ、あなたにその事実を受け入れてほしい。コーシのために。

 十四歳の時に、中等学校(セカンダリースクール)の同級生だった私とアンは、あることがきっかけで知り合って恋に落ちたの。(その「あること」はここでは書かないわ。いつか会った時にあなたに直接話すわね)

 セカンダリースクールを修了したら、アンはロンドンのボーディングスクール(全寮制の寄宿学校)に留学したの。私たちは離れ離れになってしまった。私、たくさん泣いたわ。……ごめんなさい、これもまた別の話ね。

 そのスクールの寮で、アンはトーキョーからやって来たコーシとルームメイトになったの。ふたりはすぐに打ち解けて仲良くなった。中国語で「投縁(トオウユエン)」って言うんだけど、気が合ったのね、きっと。

 私は十六歳の時にアンに会うために初めてロンドンに行ったの。もちろん、お目付け役の未婚の叔母と一緒にね。その時、アンからコーシを紹介されたの。初めて彼と会った時、ハンサムで聡明そうな男性だと思ってどきどきしたわ。だって、コーシって美しいアンバーアイをしているでしょう。背も高いし、とても日本人には見えなかった。でも、正直に言って、私の彼への第一印象はとても冷たい感じがした。

 十八歳の時にアンとコーシはイギリスの同じ大学の入学許可証を受け取った。でも、アンはシンガポール国民として、国家奉仕(ナショナルサービス)があったから一時帰国して二年間の兵役についたの。私のほうは地元の大学に進学した。その間、アンの休暇に私たちはデートすることができたわ。

 無事に兵役が終わると、アンは二年遅れで大学に入学するために、またイギリスへ旅立った。私は大学の長期休暇ごとにアンに会いに行った。今度は従姉と一緒にね。(前出の叔母は結婚して、赤ちゃんが生まれたから)

 二年ぶりに会ったコーシは、一見、明るいパーソナリティなんだけど、何か暗い影を感じた。いつも疲れきっている感じで、きれいなガールフレンドが隣にいてもぜんぜん楽しそうじゃなかった。(これって、あくまでも昔の話よ。アンジュ、どうか気にしないでね!)

 イギリスの大学の学士を取得した後、アンはシンガポールに帰国して起業することが決まっていた。あの週末、私、思いきって一人でイギリスに行ったの。アンが帰国するのがどうしても待ちきれなくてね。両親には友だちの家に泊ってくるってうそをついた。それはアンの大学の卒業式の二か月前だった。コーシは学士を取得してから、引き続き修士課程で学んでいた。それも経営学修士号(MBA)と西洋美術史の修士号を並行して。

 その日の夕方、アンとコーシがルームシェアをしていたアパートメントに到着したら、ちょうどロンドンに行っていたコーシが帰って来たの。その時、全然アンは気づかなかったけれど、彼、顔色が真っ青でね、微かに震えていた。体調が悪いのかなと思って、私、コーシに尋ねたんだけれど、彼は「そんなことはない」って否定した。それからコーシは気を利かせて、私たちを二人きりにさせてくれようと部屋を出て行こうとしたの。私は止めたわ。そうしたらアンが近くのホテルを予約して、私たち、コーシを置いてホテルに向かったの。

 ずっと私は何か嫌な感じがしていた。アンとホテルの部屋に入って甘い時間を過ごしていても、どうしても私は苦しそうなコーシの姿が目の前に浮かんできた。するとね、今思い出してもとても不思議なんだけれど、その時、誰かに呼ばれた気がしたの。「ヴァイオレット、お願い。彼を助けて」って。すぐに私はアンに言った。「コーシのところに戻りましょう!」って。アンはもちろん嫌がったけれど、私は強引にホテルをチェックアウトして、ふたりのアパートメントに戻ったの。もう日付が変わって深夜一時を回っていたわ。

 鍵を開けて部屋に入ると、強いお酒の匂いがしてきた。責めるようにアンが私に言ったの。「ヴィー、君の思い過ごしだよ。コーシは一人の時間を楽しんでいたんじゃないのか。酒でも飲みながら」って。

 真っ暗なリビングルームに入るとお酒の匂いはもっと強くなって、別の嫌な臭いもしてきた。私の胸の鼓動は張り裂けそうなくらい激しく打ち始めた。

 その時、私はアンに向かって叫んだ。

 「アン、電気をつけて!」

 部屋が明るくなったら、私たちは同時に悲鳴をあげた。コーシが床に倒れていたの。コーシは薬のボトルのようなものを握っていた。その中身は空っぽだった。そして、テーブルの上にはスコッチウイスキーが数本倒れていた。すぐに私はコーシの気道を確保してから抱き上げた。コーシの身体はとても冷えきっていたわ。私は立ちすくんだままのアンに向かってまた叫んだ。

 「アン、救急車を呼んで、早く!」

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