今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
それから、私たち三人は救急病院に向かった。すぐに救急救命医がコーシに胃洗浄と点滴を施した。ドクターは、私とアンにこう言ったの。「彼の命に別条はないわ。発見が早かったから、おそらく後遺症も起こらないでしょう。未遂で終わって、本当によかったわね」って。私たちは何も言えずにその場に立ちつくしたわ。後で知ったんだけれど、コーシが握っていたボトルの中身は、ドクターだけが処方できる強い睡眠導入剤だった。
その日の夕方にコーシは意識を取り戻した。弱々しくコーシは微笑んで、私の手を握って言ったの。
「ありがとう、ヴィー。君は、俺の命の恩人だな……」
その時、コーシは涙ぐんでいた。思わず私は彼を抱きしめた。そして、隣でずっと泣いているアンに強く言い渡した。
「コーシを連れてシンガポールに帰って来て。彼には私たちが必要よ。彼が本当に心から愛するひとと出会うまでは」
アンは黙ってうなずいた。
これが私たちに起こった昔の出来事よ。結局、あの日いったい何があったのか、私たちはコーシに訊いていない。ただ、コーシはずっと心の奥底に何か深い傷を負っているっていうことだけは確かだと私は思う。
二年前、突然、コーシがあなたと結婚したってアンから聞いて、私、心からほっと安心したの。
アンジュ、絶対に、絶対に、コーシと幸せになってね。
だって、私、コーシが好きなの。もちろん友だちとして。
アンジュ、私、コーシを守ることができるのは、あなただけだって気がするの。……不思議ね、まだ一度も会ったことがないのに。
いつか、あなたと会える日を楽しみにしているわ。
もうあなたのことを親友だと思っている、ヴァイオレットより
(航志朗さんがそんなことをしていたなんて……)
その手紙を読んで、安寿は身体じゅうが震えた。
(ヴァイオレットさんのおかげで、彼の命は助かったんだ。もし、発見が遅れていたら、私たちは出会えなかった)
心のなかで遠くにいるヴァイオレットに感謝しながら、また安寿は夜空を見上げた。ふと、あの名前を知らない星の光はいつ生まれたんだろうと思う。安寿の瞳に映った星の瞬きがにじんでくる。
(人と人は、時間と空間が重ならなければ会うことができない。私と航志朗さんが、あのアトリエで出会えたのは本当に奇跡だったんだ。……彼に会いたい。今、ここで、彼を思いきり抱きしめたい)
その時、部屋の中からスマートフォンが鳴る音が聞こえてきた。急いで安寿はデスクの上に置いてあったスマートフォンを手に取った。画面を見ると安寿はたちまち視界が潤んで、大粒の涙がその愛おしいひとの名前の上にこぼれ落ちた。
「……航志朗さん」
「安寿……」
「はい。航志朗さん……」
「安寿、八月の一か月間、休暇を取ったんだ。熊本で落ち合おう。仕事先で知り合った日本人に、海に近い高台にある別荘を貸してもらうことになったんだ」
突然の航志朗の言葉に安寿は戸惑った。
「熊本? 航志朗さんは、今、どこにいらっしゃるんですか?」
「……上海だ」
その日の夕方にコーシは意識を取り戻した。弱々しくコーシは微笑んで、私の手を握って言ったの。
「ありがとう、ヴィー。君は、俺の命の恩人だな……」
その時、コーシは涙ぐんでいた。思わず私は彼を抱きしめた。そして、隣でずっと泣いているアンに強く言い渡した。
「コーシを連れてシンガポールに帰って来て。彼には私たちが必要よ。彼が本当に心から愛するひとと出会うまでは」
アンは黙ってうなずいた。
これが私たちに起こった昔の出来事よ。結局、あの日いったい何があったのか、私たちはコーシに訊いていない。ただ、コーシはずっと心の奥底に何か深い傷を負っているっていうことだけは確かだと私は思う。
二年前、突然、コーシがあなたと結婚したってアンから聞いて、私、心からほっと安心したの。
アンジュ、絶対に、絶対に、コーシと幸せになってね。
だって、私、コーシが好きなの。もちろん友だちとして。
アンジュ、私、コーシを守ることができるのは、あなただけだって気がするの。……不思議ね、まだ一度も会ったことがないのに。
いつか、あなたと会える日を楽しみにしているわ。
もうあなたのことを親友だと思っている、ヴァイオレットより
(航志朗さんがそんなことをしていたなんて……)
その手紙を読んで、安寿は身体じゅうが震えた。
(ヴァイオレットさんのおかげで、彼の命は助かったんだ。もし、発見が遅れていたら、私たちは出会えなかった)
心のなかで遠くにいるヴァイオレットに感謝しながら、また安寿は夜空を見上げた。ふと、あの名前を知らない星の光はいつ生まれたんだろうと思う。安寿の瞳に映った星の瞬きがにじんでくる。
(人と人は、時間と空間が重ならなければ会うことができない。私と航志朗さんが、あのアトリエで出会えたのは本当に奇跡だったんだ。……彼に会いたい。今、ここで、彼を思いきり抱きしめたい)
その時、部屋の中からスマートフォンが鳴る音が聞こえてきた。急いで安寿はデスクの上に置いてあったスマートフォンを手に取った。画面を見ると安寿はたちまち視界が潤んで、大粒の涙がその愛おしいひとの名前の上にこぼれ落ちた。
「……航志朗さん」
「安寿……」
「はい。航志朗さん……」
「安寿、八月の一か月間、休暇を取ったんだ。熊本で落ち合おう。仕事先で知り合った日本人に、海に近い高台にある別荘を貸してもらうことになったんだ」
突然の航志朗の言葉に安寿は戸惑った。
「熊本? 航志朗さんは、今、どこにいらっしゃるんですか?」
「……上海だ」