今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
また海沿いの道をしばらく走り、左に曲がって坂道を少し上がったところにログハウス風の建物があった。高級別荘地の管理事務所だ。その駐車場に車を停めると、航志朗は安寿を車の中に待たせて建物の中に入った。すぐに航志朗は戻って来て、安寿の手のひらに形の違う二つの鍵をのせた。「これから俺たちが一か月暮らす家の鍵だよ」と航志朗は愉しそうに言った。安寿はその鍵に目を落として、しっかりと握りしめた。
ログハウス風の建物からさらに奥へと道を行くと、斜面になった森の中に様ざまなタイプの別荘が程よい間隔で建っていた。どの別荘のテラスにも水着が干してあるのが見えた。浮き輪やサーフボードが立てかけられているのも目に入った。
森の中をしばらく走って、道は行き止まりになった。突き当りには門があった。航志朗はいったん車を降りて門にかかっている鍵を開けた。門の先はゆるやかな下り坂になっている。ふたりを乗せた車は別荘の前に到着した。助手席の窓から別荘を見た安寿は驚いた顔をして航志朗におずおずと尋ねた。
「この別荘、……ですか?」
航志朗は笑顔でうなずいた。
「まさに隠れ家って感じだな」
「素敵な別荘ですね!」
心の底から安寿はわくわくしてきた。
海を見下ろす高台に建てられたモダンな別荘だ。外観はシックなダークグレイの建物で落ち着いた雰囲気を醸し出している。航志朗が助手席のドアを開けて手を差し出した。
「中に入ろう、安寿」
安寿は航志朗の手をしっかりと握った。鍵を開けて玄関に入る。薄暗い廊下の先にはまぶしく輝く緑が見える。靴を脱いで建物の奥に行き、暖色系のレンガが壁に敷きつめられた広いLDKに足を踏み入れた。安寿は大きな窓辺に走って行った。窓を開けてバルコニーに出る。目の前には一面の海が広がっていて、大小さまざまな島が浮かんでいるのが見える。潮の香りとともに心地よい風が吹いて来て、安寿の長い黒髪をふわっとすいた。
LDKに戻ると階段があることに気がついて、安寿は一段一段ゆっくりと上がった。二階は広いベッドルームになっていた。セミダブルサイズのベッドが二台並べて置いてあって、すでにホテルのようにベッドメーキングが済んでいる。安寿は頬を赤らめながら窓の外を見た。その部屋の窓の外にも海が広がっている。安寿はバルコニーへ出ると木製の手すりにつかまって海を眺めた。下を見ると航志朗がスーツケースを別荘の中に運んでいるのが見えた。安寿は航志朗に手を振った。
「航志朗さーん!」
航志朗は顔を上げると安寿に笑いかけた。
(私も手伝わなくちゃ!)
あわてて安寿は階段を下りた。
この別荘には家具も家電もひととおりそろっていた。キッチンにも足りないものが思いつかないくらいなんでも置いてあった。大きな冷蔵庫の中にはビールや数種類のドリンクが冷やされていて、高級そうな冷蔵食品や冷凍食品が用意されていた。
二つのグラスにアップルジュースを注いで、航志朗は安寿に手渡しながら言った。
「休憩したら、夕食の食材を買い出しにスーパーマーケットに行こう」
「はい」
嬉しそうに安寿はうなずいた。
革張りのソファに座って冷たいジュースを飲みながら安寿は目の前の海を眺めた。隣を見ると航志朗が目を閉じてソファに寄りかかっていた。猛暑の中を三時間近くもドライブして来たのだ。無理もない。
(ここで一か月も彼と一緒にいられるなんて……)
安寿は心から幸せな気持ちになって微笑んだ。
安寿は目を閉じた航志朗の頬に軽く唇を触れた。航志朗は目を開けて安寿を見つめた。航志朗は安寿に小声で尋ねた。
「この別荘、気に入った?」
安寿はうなずいてそっと航志朗に寄りかかった。航志朗は安寿の肩に腕を回した。ふたりは寄りかかり合いながらずっと海を眺めていた。目の前の凪いだ海と同じくらい穏やかな時間のなかに身を置く。安寿も航志朗も互いに言い出せない秘密を抱えていることを忘れていた。今朝四時前に起きた安寿は眠気を覚えた。航志朗も久しぶりの炎天下のドライブに疲れを感じていた。それだけではない。会えなかった三か月の間、それぞれにのしかかっていた緊張と疲労が互いに与え合う安心感にほどけていく。心からふたりは解放感を感じていた。思わず安寿は航志朗の腕の中でうつらうつらとしてしまう。だが、安寿はなんとか眠気を抑えて立ち上がった。
「私、キッチンに行ってお買い物のリストを作ってきますね」
気だるそうに航志朗も立ち上がって言った。
「安寿、俺も一緒に行くよ」
ログハウス風の建物からさらに奥へと道を行くと、斜面になった森の中に様ざまなタイプの別荘が程よい間隔で建っていた。どの別荘のテラスにも水着が干してあるのが見えた。浮き輪やサーフボードが立てかけられているのも目に入った。
森の中をしばらく走って、道は行き止まりになった。突き当りには門があった。航志朗はいったん車を降りて門にかかっている鍵を開けた。門の先はゆるやかな下り坂になっている。ふたりを乗せた車は別荘の前に到着した。助手席の窓から別荘を見た安寿は驚いた顔をして航志朗におずおずと尋ねた。
「この別荘、……ですか?」
航志朗は笑顔でうなずいた。
「まさに隠れ家って感じだな」
「素敵な別荘ですね!」
心の底から安寿はわくわくしてきた。
海を見下ろす高台に建てられたモダンな別荘だ。外観はシックなダークグレイの建物で落ち着いた雰囲気を醸し出している。航志朗が助手席のドアを開けて手を差し出した。
「中に入ろう、安寿」
安寿は航志朗の手をしっかりと握った。鍵を開けて玄関に入る。薄暗い廊下の先にはまぶしく輝く緑が見える。靴を脱いで建物の奥に行き、暖色系のレンガが壁に敷きつめられた広いLDKに足を踏み入れた。安寿は大きな窓辺に走って行った。窓を開けてバルコニーに出る。目の前には一面の海が広がっていて、大小さまざまな島が浮かんでいるのが見える。潮の香りとともに心地よい風が吹いて来て、安寿の長い黒髪をふわっとすいた。
LDKに戻ると階段があることに気がついて、安寿は一段一段ゆっくりと上がった。二階は広いベッドルームになっていた。セミダブルサイズのベッドが二台並べて置いてあって、すでにホテルのようにベッドメーキングが済んでいる。安寿は頬を赤らめながら窓の外を見た。その部屋の窓の外にも海が広がっている。安寿はバルコニーへ出ると木製の手すりにつかまって海を眺めた。下を見ると航志朗がスーツケースを別荘の中に運んでいるのが見えた。安寿は航志朗に手を振った。
「航志朗さーん!」
航志朗は顔を上げると安寿に笑いかけた。
(私も手伝わなくちゃ!)
あわてて安寿は階段を下りた。
この別荘には家具も家電もひととおりそろっていた。キッチンにも足りないものが思いつかないくらいなんでも置いてあった。大きな冷蔵庫の中にはビールや数種類のドリンクが冷やされていて、高級そうな冷蔵食品や冷凍食品が用意されていた。
二つのグラスにアップルジュースを注いで、航志朗は安寿に手渡しながら言った。
「休憩したら、夕食の食材を買い出しにスーパーマーケットに行こう」
「はい」
嬉しそうに安寿はうなずいた。
革張りのソファに座って冷たいジュースを飲みながら安寿は目の前の海を眺めた。隣を見ると航志朗が目を閉じてソファに寄りかかっていた。猛暑の中を三時間近くもドライブして来たのだ。無理もない。
(ここで一か月も彼と一緒にいられるなんて……)
安寿は心から幸せな気持ちになって微笑んだ。
安寿は目を閉じた航志朗の頬に軽く唇を触れた。航志朗は目を開けて安寿を見つめた。航志朗は安寿に小声で尋ねた。
「この別荘、気に入った?」
安寿はうなずいてそっと航志朗に寄りかかった。航志朗は安寿の肩に腕を回した。ふたりは寄りかかり合いながらずっと海を眺めていた。目の前の凪いだ海と同じくらい穏やかな時間のなかに身を置く。安寿も航志朗も互いに言い出せない秘密を抱えていることを忘れていた。今朝四時前に起きた安寿は眠気を覚えた。航志朗も久しぶりの炎天下のドライブに疲れを感じていた。それだけではない。会えなかった三か月の間、それぞれにのしかかっていた緊張と疲労が互いに与え合う安心感にほどけていく。心からふたりは解放感を感じていた。思わず安寿は航志朗の腕の中でうつらうつらとしてしまう。だが、安寿はなんとか眠気を抑えて立ち上がった。
「私、キッチンに行ってお買い物のリストを作ってきますね」
気だるそうに航志朗も立ち上がって言った。
「安寿、俺も一緒に行くよ」