今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
また着替えた安寿はLDKのテーブルに座ると、ルリハコベを鉛筆で下書きしてから、黒の顔彩で骨描をして色付けをしようとした。だが、なかなか思い通りの青が作れない。見かねて航志朗が言った。
「おそらく君のその顔彩の群青は人工の青の色素で作られている。きっと君はラピスラズリの青で描きたいんじゃないのか?」
安寿は驚いたように航志朗の顔を見つめた。
「ラピスラズリで作られた瑠璃色は、唯一無二の色だ。君の初心者向けの顔彩では、どうやったって思うような色が作れないだろう
。それに、日本画の顔料は混色すればするほど色がにごる」
安寿はため息をついて言った。
「本当にそうですね……」
自分に言い聞かせるように航志朗が言った。
「ラピスラズリの青は、ヨーロッパの青なんだよな」
何も言えずに安寿は航志朗の影を落とした琥珀色の瞳を見つめた。
小皿に水を張ってルリハコベを活けたが、今すぐにでもしおれてしまいそうだ。安寿はじっと花を見つめてその瑠璃色を深く目に染み込ませた。航志朗は腕を組みながら安寿を見守った。
切なそうに安寿はつぶやいた。
「私、この花を描きたい。私の思うままの色で……」
それを聞いて航志朗が言った。
「わかった。東京に戻ったら、九彩堂さんで今度は瑠璃色の天然岩絵具を君にプレゼントするよ」
「でも、宝石のラピスラズリを粉にした絵具ですよね、とても高価なんじゃないですか?」
「まあ、それなりにするだろうな」
「私、アルバイトして自分で買いますから大丈夫です」
「安寿……。俺は君の欲しいものなら何でも買ってあげたい。当然だろ、愛するひとには何でもしてあげたいと思うのは」
「航志朗さん……」
安寿は瞳を潤ませて心から思った。
(私もあなたと同じ気持ちです)
安寿はまた航志朗の名前を呼んで力強く言いきった。
「航志朗さん、私、必ずあなたにあげますね。あなたのいちばん欲しいものを」
どうしても安寿は自分の固い決意を航志朗に伝えたかった。航志朗に伝わらないのはじゅうぶんわかっていても。
照れくさそうに笑いながら航志朗は安寿を抱きしめた。
「俺はとっくにもらっているけど? 安寿、君を……」
ゆっくりと航志朗は顔を近づけてくる。
安寿はその甘い言葉を受け流した。航志朗と唇を重ねながら、安寿は頭のなかで考えた。
(私、この夏休みの間にたくさん日本画の習作をして、少しでも上手に描けるようにならなくちゃ。あのひとに認めてもらえるように……)
無言のままで安寿はまた色付けを始めた。航志朗は安寿を後ろから抱きしめながら安寿の肩に顔を埋めて擦りつけてくる。安寿は振り向いて苦笑いした。
(もう、航志朗さんたら描きづらいんだけど。でも、そんな彼が愛おしくてたまらない)
自然に安寿は航志朗の頬に優しくキスした。目じりを下げて航志朗はにんまり笑った。
描き終わった絵を見て安寿はため息をついた。スケッチブックの上に咲いた花は、ルリハコベではなくツユクサのようだった。
その時、航志朗があきれたように言った。
「安寿、君は絵を描き始めると、本当に寝食を忘れるよな。俺、お腹が空いたよ」
時計を見て安寿は叫んだ。
「たいへん! もう二時半ですね、すぐに昼食を用意します」
航志朗はあわてて椅子から立ち上がった安寿の両肩を押してまた椅子に座らせた。
「俺がつくるから、君は好きなだけ絵を描いていたらいい」
「でも……」
「いいから、いいから。案外、俺は料理が嫌いじゃないから」
安寿はキッチンに向かう航志朗の後ろ姿を見つめると、改めて決意した。それは何ものかに祈るような気持ちでもあった。
(航志朗さん、私、あなたを守ります。……私のすべてで)
「おそらく君のその顔彩の群青は人工の青の色素で作られている。きっと君はラピスラズリの青で描きたいんじゃないのか?」
安寿は驚いたように航志朗の顔を見つめた。
「ラピスラズリで作られた瑠璃色は、唯一無二の色だ。君の初心者向けの顔彩では、どうやったって思うような色が作れないだろう
。それに、日本画の顔料は混色すればするほど色がにごる」
安寿はため息をついて言った。
「本当にそうですね……」
自分に言い聞かせるように航志朗が言った。
「ラピスラズリの青は、ヨーロッパの青なんだよな」
何も言えずに安寿は航志朗の影を落とした琥珀色の瞳を見つめた。
小皿に水を張ってルリハコベを活けたが、今すぐにでもしおれてしまいそうだ。安寿はじっと花を見つめてその瑠璃色を深く目に染み込ませた。航志朗は腕を組みながら安寿を見守った。
切なそうに安寿はつぶやいた。
「私、この花を描きたい。私の思うままの色で……」
それを聞いて航志朗が言った。
「わかった。東京に戻ったら、九彩堂さんで今度は瑠璃色の天然岩絵具を君にプレゼントするよ」
「でも、宝石のラピスラズリを粉にした絵具ですよね、とても高価なんじゃないですか?」
「まあ、それなりにするだろうな」
「私、アルバイトして自分で買いますから大丈夫です」
「安寿……。俺は君の欲しいものなら何でも買ってあげたい。当然だろ、愛するひとには何でもしてあげたいと思うのは」
「航志朗さん……」
安寿は瞳を潤ませて心から思った。
(私もあなたと同じ気持ちです)
安寿はまた航志朗の名前を呼んで力強く言いきった。
「航志朗さん、私、必ずあなたにあげますね。あなたのいちばん欲しいものを」
どうしても安寿は自分の固い決意を航志朗に伝えたかった。航志朗に伝わらないのはじゅうぶんわかっていても。
照れくさそうに笑いながら航志朗は安寿を抱きしめた。
「俺はとっくにもらっているけど? 安寿、君を……」
ゆっくりと航志朗は顔を近づけてくる。
安寿はその甘い言葉を受け流した。航志朗と唇を重ねながら、安寿は頭のなかで考えた。
(私、この夏休みの間にたくさん日本画の習作をして、少しでも上手に描けるようにならなくちゃ。あのひとに認めてもらえるように……)
無言のままで安寿はまた色付けを始めた。航志朗は安寿を後ろから抱きしめながら安寿の肩に顔を埋めて擦りつけてくる。安寿は振り向いて苦笑いした。
(もう、航志朗さんたら描きづらいんだけど。でも、そんな彼が愛おしくてたまらない)
自然に安寿は航志朗の頬に優しくキスした。目じりを下げて航志朗はにんまり笑った。
描き終わった絵を見て安寿はため息をついた。スケッチブックの上に咲いた花は、ルリハコベではなくツユクサのようだった。
その時、航志朗があきれたように言った。
「安寿、君は絵を描き始めると、本当に寝食を忘れるよな。俺、お腹が空いたよ」
時計を見て安寿は叫んだ。
「たいへん! もう二時半ですね、すぐに昼食を用意します」
航志朗はあわてて椅子から立ち上がった安寿の両肩を押してまた椅子に座らせた。
「俺がつくるから、君は好きなだけ絵を描いていたらいい」
「でも……」
「いいから、いいから。案外、俺は料理が嫌いじゃないから」
安寿はキッチンに向かう航志朗の後ろ姿を見つめると、改めて決意した。それは何ものかに祈るような気持ちでもあった。
(航志朗さん、私、あなたを守ります。……私のすべてで)