今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
第6節
次の日の午前五時前に安寿は目を開けた。昨夜、スマートフォンの目覚ましアラームは設定しなかった。夏休みなのだから自然に目が覚める時間に起きればいいと安寿は思ったのだ。きちんと日の出前に起きられた自分に安寿は可笑しくなってしまった。
日の出まであと一時間だ。腰に置かれた航志朗の手をそっと外すと安寿は起き上がって、さっそく新調した水着に着替えた。窓の外を見るとまだ真っ暗だが、微かに東の空が明るくなってきているような気配を感じる。
水着を着た安寿はベッドの上に乗って、ぐっすりと眠っている航志朗の名前を小さな声で呼んだ。
「航志朗さん、航志朗さん……」
まったく安寿は航志朗を起こすつもりはなかった。ただ「起こした」という既成事実を作るためにいちおう声をかけた。やはり航志朗の反応はなかった。横向きで寝ている航志朗の顔を安寿は見つめた。
(よかった。航志朗さん、よく眠っている)
安寿はほっと肩を落とした。そして、静かにベッドから降りようとした。
「安寿……」
突然、後ろから腕をつかまれて、安寿は肩を跳ね上げた。
(あ、起こしちゃった!)
振り向いて安寿は申しわけなさそうに言った。
「おはようございます、航志朗さん」
まだ航志朗は目を開けられない。不機嫌そうな表情で、寝起きの航志朗はうなるように低い声で言った。
「おはよう、安寿。今、何時だ?」
「午前五時です」
「海に行くのか?」
「はい」
「俺も一緒に行く」
そう言うと航志朗はうつぶせになって目をこすってから、気だるそうに身体を伸ばして、もそもそと起き上がった。そして、目をゆっくりと開けて安寿の姿を目に入れると、一瞬で航志朗は目覚めた。
「あ、……安寿!」
安寿は小花柄の黒いビキニを着ていた。共布のリボンのついたパフスリーブのビキニにハイウエストスカートをはいている。尻から太もものラインを隠して胸元の露出は少なめだが、ウエストが丸出しだ。デザイン全体はフェミニンで可憐だ。だが、黒い色が妙にセクシーに感じてしまう。航志朗にまじまじと見られていることに気づいて、安寿は顔を赤くしてうつむきかげんで言った。
「あの、先週、新宿のデパートで買ったばかりなんです。……どうですか?」
「『どうですか?』って、言われてもな……」
航志朗の声はうわずった。
頬を染めた安寿は言いわけするように説明した。
「この水着、ショップの店員さんに強くおすすめされたんです。『誰と海に行くの?』って訊かれたので、あの、つい『彼氏と一緒に行く』って答えてしまったら、店員さんが絶対こういうのがいいって」
「か、彼氏!」
航志朗は絶句した。
「だって、夫とだなんてとても言えなかったから。やっぱり、この水着、私なんかにはぜんぜん似合わないですね」
恥ずかしくなって安寿は深くうつむいた。
「そ、そんなことはないって! とても素敵だよ、安寿」
航志朗はじっくりと熱い視線で安寿を見つめて、その胸の内で思った。
(俺が、安寿の「彼氏」か。俺たちはそういう時期がなかったからな。まずい、朝っぱらからじゃなくて、日の出前から興奮してきた……)
見る見る顔を赤らめて航志朗は身震いした。
「……航志朗さん?」
「俺も水着に着替えてくる!」と航志朗は大声を出して、ベッドルームを飛び出して行った。
ひとりになった安寿はため息をついて心から後悔した。
(初めて航志朗さんと海に行くからって、ちょっとがんばりすぎちゃったな。この水着、とても高かったのに。やっぱり、最後まで迷ったシンプルなデザインの水着の方にすればよかった……)
日の出まであと一時間だ。腰に置かれた航志朗の手をそっと外すと安寿は起き上がって、さっそく新調した水着に着替えた。窓の外を見るとまだ真っ暗だが、微かに東の空が明るくなってきているような気配を感じる。
水着を着た安寿はベッドの上に乗って、ぐっすりと眠っている航志朗の名前を小さな声で呼んだ。
「航志朗さん、航志朗さん……」
まったく安寿は航志朗を起こすつもりはなかった。ただ「起こした」という既成事実を作るためにいちおう声をかけた。やはり航志朗の反応はなかった。横向きで寝ている航志朗の顔を安寿は見つめた。
(よかった。航志朗さん、よく眠っている)
安寿はほっと肩を落とした。そして、静かにベッドから降りようとした。
「安寿……」
突然、後ろから腕をつかまれて、安寿は肩を跳ね上げた。
(あ、起こしちゃった!)
振り向いて安寿は申しわけなさそうに言った。
「おはようございます、航志朗さん」
まだ航志朗は目を開けられない。不機嫌そうな表情で、寝起きの航志朗はうなるように低い声で言った。
「おはよう、安寿。今、何時だ?」
「午前五時です」
「海に行くのか?」
「はい」
「俺も一緒に行く」
そう言うと航志朗はうつぶせになって目をこすってから、気だるそうに身体を伸ばして、もそもそと起き上がった。そして、目をゆっくりと開けて安寿の姿を目に入れると、一瞬で航志朗は目覚めた。
「あ、……安寿!」
安寿は小花柄の黒いビキニを着ていた。共布のリボンのついたパフスリーブのビキニにハイウエストスカートをはいている。尻から太もものラインを隠して胸元の露出は少なめだが、ウエストが丸出しだ。デザイン全体はフェミニンで可憐だ。だが、黒い色が妙にセクシーに感じてしまう。航志朗にまじまじと見られていることに気づいて、安寿は顔を赤くしてうつむきかげんで言った。
「あの、先週、新宿のデパートで買ったばかりなんです。……どうですか?」
「『どうですか?』って、言われてもな……」
航志朗の声はうわずった。
頬を染めた安寿は言いわけするように説明した。
「この水着、ショップの店員さんに強くおすすめされたんです。『誰と海に行くの?』って訊かれたので、あの、つい『彼氏と一緒に行く』って答えてしまったら、店員さんが絶対こういうのがいいって」
「か、彼氏!」
航志朗は絶句した。
「だって、夫とだなんてとても言えなかったから。やっぱり、この水着、私なんかにはぜんぜん似合わないですね」
恥ずかしくなって安寿は深くうつむいた。
「そ、そんなことはないって! とても素敵だよ、安寿」
航志朗はじっくりと熱い視線で安寿を見つめて、その胸の内で思った。
(俺が、安寿の「彼氏」か。俺たちはそういう時期がなかったからな。まずい、朝っぱらからじゃなくて、日の出前から興奮してきた……)
見る見る顔を赤らめて航志朗は身震いした。
「……航志朗さん?」
「俺も水着に着替えてくる!」と航志朗は大声を出して、ベッドルームを飛び出して行った。
ひとりになった安寿はため息をついて心から後悔した。
(初めて航志朗さんと海に行くからって、ちょっとがんばりすぎちゃったな。この水着、とても高かったのに。やっぱり、最後まで迷ったシンプルなデザインの水着の方にすればよかった……)