今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 安寿と航志朗は手をつないで海への階段を下りて行った。辺りはまだ薄暗い。砂浜にたどり着くと、だんだん水平線がオレンジとネイビーブルーのグラデーションに染まってきた。航志朗はサーフパンツをはいている。そのたくましい上半身を目の当たりにして、安寿は胸がどきどきしていた。何回も航志朗の裸を見ているが、ベッドの上の航志朗とは何かが違う。

 ふたりはそのまま海に入った。意外にも海水は冷たくはなかった。すっかり水着問題を忘れて、安寿は気持ちよさそうに腕を伸ばして海と戯れる。自分から離れて泳ぎ出そうとする安寿を航志朗は制止した。

 「まだ暗いから視界が悪い。急に深くなるかもしれないから、しっかり俺につかまっていろよ」と航志朗がたしなめた。安寿はしぶしぶうなずいた。

 (やっぱり、彼ってお父さんみたい。私はお父さんのことをぜんぜん知らないけど)

 急に安寿は心の奥底がきつくしめつけられた。それを振り払うかのように、ぎゅっと安寿は航志朗の身体にしがみついて言った。

 「これでいいですか?」

 返事をする代わりに航志朗は安寿を抱きしめてキスした。

 海水に腰まで浸かった安寿は航志朗と手をつないで寄せて来る波を一緒に楽しんだ。何回も波に乗って身体が浮く。心の底から楽しそうに安寿は航志朗に笑いかけた。航志朗は安寿の屈託のない笑顔に胸を弾ませた。もう少し深いところまで足を進めると突然大きな波がやって来て、安寿は海水を頭から被った。あわてふためいて航志朗は安寿を横向きに抱き上げた。

 「安寿、大丈夫か!」

 後ろにまとめて軽く結んだだけだった髪がほどけて安寿の顔に流れた。唇を曲げて安寿が言った。

 「ちょっと、海水を飲んでしまいました。……しょっぱい」

 顔を覆った長い髪をかき上げて安寿は仏頂面をした。

 くすっと航志朗は笑って「どれどれ?」と言いながら、安寿の唇をぺろっとなめて言った。

 「本当だ。確かにしょっぱいな」

 安寿は波に目を泳がせて真っ赤になった。

 入り江に真新しい日差しが差し込んできた。目の前にある航志朗の琥珀色の瞳が黄金色に光る。安寿は引き込まれるようにその強い輝きを見つめた。

 「そろそろ、帰ろうか?」と航志朗が言った。航志朗の肩に腕を回して安寿はうなずいた。波打ち際まで来ると惜しむように航志朗は安寿を砂浜に降ろした。航志朗はふと気づいて尋ねた。

 「安寿。君、少し痩せたんじゃないか? 身体つきが変わった気がする」

 安寿は航志朗の手前に立ち背を向けて言った。

 「大人になったんですよ、……たぶん」

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