今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
古閑家を初めて訪問する日がやってきた。晩餐会が開かれる三十分前に五嶋がふたりを別荘まで迎えに来てくれる手筈になっている。その三時間前に安寿はシャワーを浴びて、ベッドルームでロングドレスに着替えた。驚くほどにサイズがぴったりだった。
(もう、航志朗さんたら、私の身体のサイズを把握しているの)
赤くなって安寿は軽くため息をついた。部屋のかたすみに置いてあるスタンドミラーに自分の姿を映して見る。クラシカルなデザインでとても大人っぽい。髪を下ろしたすっぴんの自分の顔がやけに幼く見える。安寿はベッドの上に置いてある黒いナイロンポーチを見つめた。
いつものタキシードに着替えた航志朗は、LDKの革張りのソファに座って安寿を待ちわびていた。やがて、音もなく安寿が階段を下りてきた。安寿の姿をひと目見ると、航志朗は目を見開いて驚嘆した。チャイナカラーのロングドレスを身にまとった安寿は、長い黒髪をまとめ髪にしてフルメイクをしている。
「あ、あん……」
航志朗は安寿の名前を最後まで言うことができなかった。
航志朗の目の前に安寿が立った。微笑みながら航志朗を見下ろして安寿は言った。
「タキシードを着ている航志朗さんを初めて見ました。とても素敵ですね」
安寿は航志朗を愛おしそうに見つめた。思わず航志朗は胸をどきっとさせた。いつもとまったく違う艶めかしい表情で安寿が尋ねた。
「私の方はこれでいいでしょうか?」
やっと息を吸い込んで、航志朗は早口で言った。
「安寿、化粧しているのか!」
恥じらいつつも安寿はうなずいて言った。
「ええ。大学に入学する前に、華鶴さんにメイク用品を一式揃えていただいたんです」
「安寿、もしかしてその顔で大学に通っているのか!」
安寿は平然と答えた。
「まさか」
「『まさか』って、いったいどういうことなんだ、安寿?」
「実はさっき、初めてメイクしてみました」
航志朗は呆然と安寿の顔を見つめた。
(初めてなのに、どうしてそんなにきれいにメイクができるんだ。……そうか、安寿は絵が描けるからわけもなくできるのか。キャンバスに絵を描くように、自分の顔に色をつけるだけだからな)
航志朗は立ち上がると安寿を抱きしめて言った。
「安寿、とてもきれいだよ」
身をかがめて航志朗がキスしようとすると、安寿は航志朗の胸に手を置いて申しわけなさそうに言った。
「航志朗さん、口紅がついてしまいますよ」
「あ、……そうか」
がくっと肩を落として航志朗は胸の内で叫んだ。
(口紅を落とすまで、彼女とキスできないじゃないか!)
ふたりはソファに並んで座って窓の外の夕焼けを眺めた。航志朗は安寿の手を握った。安寿も航志朗の手を握り返した。紅い夕陽に染まった安寿は航志朗を見つめて上品に微笑んだ。それは、今まで航志朗が見たことがない落ち着いた大人の女性の微笑だった。
(もう、航志朗さんたら、私の身体のサイズを把握しているの)
赤くなって安寿は軽くため息をついた。部屋のかたすみに置いてあるスタンドミラーに自分の姿を映して見る。クラシカルなデザインでとても大人っぽい。髪を下ろしたすっぴんの自分の顔がやけに幼く見える。安寿はベッドの上に置いてある黒いナイロンポーチを見つめた。
いつものタキシードに着替えた航志朗は、LDKの革張りのソファに座って安寿を待ちわびていた。やがて、音もなく安寿が階段を下りてきた。安寿の姿をひと目見ると、航志朗は目を見開いて驚嘆した。チャイナカラーのロングドレスを身にまとった安寿は、長い黒髪をまとめ髪にしてフルメイクをしている。
「あ、あん……」
航志朗は安寿の名前を最後まで言うことができなかった。
航志朗の目の前に安寿が立った。微笑みながら航志朗を見下ろして安寿は言った。
「タキシードを着ている航志朗さんを初めて見ました。とても素敵ですね」
安寿は航志朗を愛おしそうに見つめた。思わず航志朗は胸をどきっとさせた。いつもとまったく違う艶めかしい表情で安寿が尋ねた。
「私の方はこれでいいでしょうか?」
やっと息を吸い込んで、航志朗は早口で言った。
「安寿、化粧しているのか!」
恥じらいつつも安寿はうなずいて言った。
「ええ。大学に入学する前に、華鶴さんにメイク用品を一式揃えていただいたんです」
「安寿、もしかしてその顔で大学に通っているのか!」
安寿は平然と答えた。
「まさか」
「『まさか』って、いったいどういうことなんだ、安寿?」
「実はさっき、初めてメイクしてみました」
航志朗は呆然と安寿の顔を見つめた。
(初めてなのに、どうしてそんなにきれいにメイクができるんだ。……そうか、安寿は絵が描けるからわけもなくできるのか。キャンバスに絵を描くように、自分の顔に色をつけるだけだからな)
航志朗は立ち上がると安寿を抱きしめて言った。
「安寿、とてもきれいだよ」
身をかがめて航志朗がキスしようとすると、安寿は航志朗の胸に手を置いて申しわけなさそうに言った。
「航志朗さん、口紅がついてしまいますよ」
「あ、……そうか」
がくっと肩を落として航志朗は胸の内で叫んだ。
(口紅を落とすまで、彼女とキスできないじゃないか!)
ふたりはソファに並んで座って窓の外の夕焼けを眺めた。航志朗は安寿の手を握った。安寿も航志朗の手を握り返した。紅い夕陽に染まった安寿は航志朗を見つめて上品に微笑んだ。それは、今まで航志朗が見たことがない落ち着いた大人の女性の微笑だった。