今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
また新しい朝がやって来た。先に起きた航志朗は目を閉じた安寿を見つめていた。
その時、初めて航志朗は気づいた。
(彼女のまぶたって、天使の羽根のようだ)
手で触れてみたいと思ったが、安寿を起こしてしまいそうなのでやめた。やがて、安寿が目を開けた。安寿は航志朗に柔らかく微笑みかけてきた。
「おはようございます、航志朗さん」
「おはよう、安寿。さっそく朝一番にお願いがあるんだけど」
「はい。なんでしょう?」
「起きたばかりで申しわけないけれど、また目を閉じてくれないか」
「……はい?」
寝起きでまだ頭のなかがぼんやりとしているせいか、安寿はまったくわけがわからない。
「今、気づいたんだ。まだ君の身体でキスしていないところがあることに」
朝から安寿は顔を赤らめた。
「だから、目を閉じて」
どきどきしながら安寿は目を閉じた。航志朗はそっと安寿の両方のまぶたにキスした。そこはデリケートに柔らかすぎてあせってしまった。安寿は目を開けてまじまじと航志朗の琥珀色の瞳を見つめた。満足そうに安寿を見返して、航志朗は堂々と宣言した。
「これで君の身体はぜんぶ俺のものだな」
安寿があきれたように言った。
「なにそれ……」
その気の置けない友人に言うような言葉にまた航志朗はひそかに胸が弾んだ。
安寿は起き上がって天井に向かって思いきり腕を伸ばして言った。
「私、水着に着替えてきます」
すかさず航志朗が言った。
「朝二番のお願いだ。安寿、俺の目の前で水着に着替えてくれないか?」
一瞬、安寿は言葉を失ったが、恥じらいを吹き飛ばすように大声で文句を言った。
「もう、航志朗さんったら、朝から何言ってるんですか!」
安寿は赤らめた頬を思いきりふくらませて航志朗をにらんだ。愉しそうに航志朗は肩を震わせて笑った。
航志朗はまだ仏頂面をしている安寿の手を握って海への階段を下りて行った。海に足を踏み入れるなり、安寿は両手で海水をすくって航志朗にかけてきた。
「わっ、おい、やめろってば、安寿!」
今朝の海水はけっこう冷たい。安寿は楽しそうに笑いながら言った。
「やめませんよ、航志朗さん!」
また安寿は海水をすくって航志朗にかけた。
「安寿……」
航志朗は安寿の両手首を強くつかんで引き寄せた。そのまま強引に唇を重ねる。安寿は航志朗の身体に腕を回して密着した。音を立ててふたりはひとしきりキスし合った。
まばゆい朝日が重なり合ったふたりの姿を照らした。唇を離して安寿と航志朗は見つめ合った。航志朗の虹色に輝く琥珀色の瞳を安寿は安らぎを感じながら見つめた。
(なんて美しい色彩をしているんだろう。絶対に彼の瞳の色は絵に描けない。だから、ずっとこの私の目で見ていたい。いつまでも……)
安寿に見つめられて航志朗は胸を高鳴らせた。目を閉じて航志朗はまた唇を重ねようとした。
「目を閉じないで」
安寿は航志朗にささやくように懇願した。
「わかった、安寿」
航志朗は目を開けたまま安寿に口づけた。安寿をきつく抱きしめて航志朗は深くキスする。安寿は真剣なまなざしで航志朗の瞳を見つめ返した。その感覚は航志朗の身体じゅうの血をこのうえなく熱くさせる。航志朗は全身を震わせて安寿をかき抱きながら息苦しげに安寿の名前を呼んだ。かろうじて残っている航志朗の理性が今感じている心情を吐露した。
(今、俺は生きている。いや、生かされている。彼女がここにいる限り、俺もここにいる)
はっきりと航志朗は確信した。
(安寿と俺は絶対に離れられない。これは予め定められた運命だから)
安寿は航志朗と深く唇を重ねながらその瞳の奥に入って行った。安寿はそこに懐かしい光景を見つけた。
(あの森が航志朗さんの瞳の奥に広がっている。そうだ、私があの森を何度でも描きたいと思ったのは、本当はずっと彼の琥珀色の瞳を描きたいと思っていたからなんだ。初めて彼と出会ったあの日から……)
涙が安寿の頬を伝った。それは航志朗の頬も温かく濡らす。ふたりは唇を離して微笑み合った。
朝の光が今日一日の始まりを告げるかのように入江の砂浜の上で抱き合うふたりの姿の影を描いた。
その影に瑠璃色を思い浮かべた安寿が口を開いた。
「航志朗さん、ルリさんのアトリエに行きましょう。ふたりで一緒に」
安寿への愛おしさであふれる瞳を浮かべて航志朗はうなずいた。手をつないでふたりは歩き出した。安寿はそっと隣にいる航志朗を見上げて思った。
(彼が私をここまで連れて来てくれたんだ。ありがとう、航志朗さん。本当に、本当にありがとう)
安寿はつないだ航志朗の手をぎゅっと強く握った。背中に慈悲深い波の音を聞きながら、安寿と航志朗は別荘への階段を上って行った。
その時、初めて航志朗は気づいた。
(彼女のまぶたって、天使の羽根のようだ)
手で触れてみたいと思ったが、安寿を起こしてしまいそうなのでやめた。やがて、安寿が目を開けた。安寿は航志朗に柔らかく微笑みかけてきた。
「おはようございます、航志朗さん」
「おはよう、安寿。さっそく朝一番にお願いがあるんだけど」
「はい。なんでしょう?」
「起きたばかりで申しわけないけれど、また目を閉じてくれないか」
「……はい?」
寝起きでまだ頭のなかがぼんやりとしているせいか、安寿はまったくわけがわからない。
「今、気づいたんだ。まだ君の身体でキスしていないところがあることに」
朝から安寿は顔を赤らめた。
「だから、目を閉じて」
どきどきしながら安寿は目を閉じた。航志朗はそっと安寿の両方のまぶたにキスした。そこはデリケートに柔らかすぎてあせってしまった。安寿は目を開けてまじまじと航志朗の琥珀色の瞳を見つめた。満足そうに安寿を見返して、航志朗は堂々と宣言した。
「これで君の身体はぜんぶ俺のものだな」
安寿があきれたように言った。
「なにそれ……」
その気の置けない友人に言うような言葉にまた航志朗はひそかに胸が弾んだ。
安寿は起き上がって天井に向かって思いきり腕を伸ばして言った。
「私、水着に着替えてきます」
すかさず航志朗が言った。
「朝二番のお願いだ。安寿、俺の目の前で水着に着替えてくれないか?」
一瞬、安寿は言葉を失ったが、恥じらいを吹き飛ばすように大声で文句を言った。
「もう、航志朗さんったら、朝から何言ってるんですか!」
安寿は赤らめた頬を思いきりふくらませて航志朗をにらんだ。愉しそうに航志朗は肩を震わせて笑った。
航志朗はまだ仏頂面をしている安寿の手を握って海への階段を下りて行った。海に足を踏み入れるなり、安寿は両手で海水をすくって航志朗にかけてきた。
「わっ、おい、やめろってば、安寿!」
今朝の海水はけっこう冷たい。安寿は楽しそうに笑いながら言った。
「やめませんよ、航志朗さん!」
また安寿は海水をすくって航志朗にかけた。
「安寿……」
航志朗は安寿の両手首を強くつかんで引き寄せた。そのまま強引に唇を重ねる。安寿は航志朗の身体に腕を回して密着した。音を立ててふたりはひとしきりキスし合った。
まばゆい朝日が重なり合ったふたりの姿を照らした。唇を離して安寿と航志朗は見つめ合った。航志朗の虹色に輝く琥珀色の瞳を安寿は安らぎを感じながら見つめた。
(なんて美しい色彩をしているんだろう。絶対に彼の瞳の色は絵に描けない。だから、ずっとこの私の目で見ていたい。いつまでも……)
安寿に見つめられて航志朗は胸を高鳴らせた。目を閉じて航志朗はまた唇を重ねようとした。
「目を閉じないで」
安寿は航志朗にささやくように懇願した。
「わかった、安寿」
航志朗は目を開けたまま安寿に口づけた。安寿をきつく抱きしめて航志朗は深くキスする。安寿は真剣なまなざしで航志朗の瞳を見つめ返した。その感覚は航志朗の身体じゅうの血をこのうえなく熱くさせる。航志朗は全身を震わせて安寿をかき抱きながら息苦しげに安寿の名前を呼んだ。かろうじて残っている航志朗の理性が今感じている心情を吐露した。
(今、俺は生きている。いや、生かされている。彼女がここにいる限り、俺もここにいる)
はっきりと航志朗は確信した。
(安寿と俺は絶対に離れられない。これは予め定められた運命だから)
安寿は航志朗と深く唇を重ねながらその瞳の奥に入って行った。安寿はそこに懐かしい光景を見つけた。
(あの森が航志朗さんの瞳の奥に広がっている。そうだ、私があの森を何度でも描きたいと思ったのは、本当はずっと彼の琥珀色の瞳を描きたいと思っていたからなんだ。初めて彼と出会ったあの日から……)
涙が安寿の頬を伝った。それは航志朗の頬も温かく濡らす。ふたりは唇を離して微笑み合った。
朝の光が今日一日の始まりを告げるかのように入江の砂浜の上で抱き合うふたりの姿の影を描いた。
その影に瑠璃色を思い浮かべた安寿が口を開いた。
「航志朗さん、ルリさんのアトリエに行きましょう。ふたりで一緒に」
安寿への愛おしさであふれる瞳を浮かべて航志朗はうなずいた。手をつないでふたりは歩き出した。安寿はそっと隣にいる航志朗を見上げて思った。
(彼が私をここまで連れて来てくれたんだ。ありがとう、航志朗さん。本当に、本当にありがとう)
安寿はつないだ航志朗の手をぎゅっと強く握った。背中に慈悲深い波の音を聞きながら、安寿と航志朗は別荘への階段を上って行った。