今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
その頃、銀座の九彩堂の一つ下の階にある作業場では、容が年季の入った粉砕機でラピスラズリを砕いて粉にしていた。防塵マスクをした容は、更に手作業でラピスラズリの粉を少量ずつ注意深くすり潰した。青い原石は微細に黄金色が混じった青紫色の砂の粒子のような粉になった。通常だったら行うはずの完全に不純物を取り除く作業はしなかった。それは、店主の千里の指示だった。
できあがった瑠璃色の天然岩絵具をガラス瓶に詰めて黄色い布にくるんでから桐の小箱に入れた。容はその箱を大切に手に持って自宅に戻った。自宅の中は白檀の香りが漂っている。和室に容は入ると先に仏壇に手を合わせていた祖母の隣に正座して座った。仏壇に桐の箱を供えると容はしばらく手を合わせて目を閉じてから、祖母に向かって座礼をして静かに言った。
「おばあさま、いってまいります」
「いってらっしゃい、容さん。安寿さまと航志朗さまのお役に立てますように」
「はい。微力ながら尽力いたします」
容は桐の小箱をブラウンのバックパックに入れて背負い、羽田空港に向かった。
ダイニングテーブルの上でまた安寿はスケッチブックに群青色を塗っていた。それに赤や紫を混ぜてみるが、やはり思うような色は作れなかった。
(日本画って本当に難しい。油絵は塗り重ねていけばいくほど、描きたい絵が私の心の思うままに浮かび上がってくるのに)
安寿は背中に汗が流れたのを感じた。無理もない。生理中の身体の養生のためだと言って航志朗がタオルケットを膝に掛けてくれた。ダイニングテーブルの上に置かれた保温ポットの中には、航志朗が鉄瓶で沸かした白湯が入っている。
(今日の彼は、私のお父さんじゃなくて、お母さんみたい)
安寿はくすっと微笑みながら振り返って、ソファに座った航志朗を見た。航志朗はスマートフォンを手に持ちながらうとうとしている。
午後二時すぎに航志朗がつくってくれた鍋いっぱいの熱々の煮込みうどんを食べ終わると、航志朗のスマートフォンが鳴った。航志朗は驚いた口調で通話相手と話し始めた。最後に「今、そっちに行く」と言ってスマートフォンを耳から離してタップした。
不思議そうに見つめる安寿に、航志朗は楽しげな表情で言った。
「安寿、東京から俺たちの友人が来たよ。誰だと思う?」
安寿は首をかしげて言った。
「……わかりません」
「今、彼は門のところにいるんだ。迎えに行って来る。安寿、ここでちょっと待ってて」
航志朗は小走りで別荘を出て行った。ひとりになった安寿は考え込んだ。
(彼? 男の人? 誰だろう……)
できあがった瑠璃色の天然岩絵具をガラス瓶に詰めて黄色い布にくるんでから桐の小箱に入れた。容はその箱を大切に手に持って自宅に戻った。自宅の中は白檀の香りが漂っている。和室に容は入ると先に仏壇に手を合わせていた祖母の隣に正座して座った。仏壇に桐の箱を供えると容はしばらく手を合わせて目を閉じてから、祖母に向かって座礼をして静かに言った。
「おばあさま、いってまいります」
「いってらっしゃい、容さん。安寿さまと航志朗さまのお役に立てますように」
「はい。微力ながら尽力いたします」
容は桐の小箱をブラウンのバックパックに入れて背負い、羽田空港に向かった。
ダイニングテーブルの上でまた安寿はスケッチブックに群青色を塗っていた。それに赤や紫を混ぜてみるが、やはり思うような色は作れなかった。
(日本画って本当に難しい。油絵は塗り重ねていけばいくほど、描きたい絵が私の心の思うままに浮かび上がってくるのに)
安寿は背中に汗が流れたのを感じた。無理もない。生理中の身体の養生のためだと言って航志朗がタオルケットを膝に掛けてくれた。ダイニングテーブルの上に置かれた保温ポットの中には、航志朗が鉄瓶で沸かした白湯が入っている。
(今日の彼は、私のお父さんじゃなくて、お母さんみたい)
安寿はくすっと微笑みながら振り返って、ソファに座った航志朗を見た。航志朗はスマートフォンを手に持ちながらうとうとしている。
午後二時すぎに航志朗がつくってくれた鍋いっぱいの熱々の煮込みうどんを食べ終わると、航志朗のスマートフォンが鳴った。航志朗は驚いた口調で通話相手と話し始めた。最後に「今、そっちに行く」と言ってスマートフォンを耳から離してタップした。
不思議そうに見つめる安寿に、航志朗は楽しげな表情で言った。
「安寿、東京から俺たちの友人が来たよ。誰だと思う?」
安寿は首をかしげて言った。
「……わかりません」
「今、彼は門のところにいるんだ。迎えに行って来る。安寿、ここでちょっと待ってて」
航志朗は小走りで別荘を出て行った。ひとりになった安寿は考え込んだ。
(彼? 男の人? 誰だろう……)