今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
玄関ドアを開けて航志朗とその男が入って来た。
玄関で待ちわびていた安寿は目を見開いて驚いた。
「容さん!」
「安寿さん、こんにちは」
容は嬉しそうに顔をほころばせた。
航志朗はLDKに容を案内すると気さくに声をかけた。
「容、お腹空いてないか? お昼の残りものでよかったら、うどん食べないか?」
「それはありがたいです、航志朗さん。遠慮なくいただきます!」
ダイニングテーブルの上で大ぶりの梨を器用にペティナイフでむきながら、航志朗は煮込みうどんを平らげた容に言った。
「驚いたよ。君がわざわざ直接届けてくれるなんて。まあ、久しぶりに再会できたから来てくれて嬉しいよ。何年ぶりかな? 容と会うのは」
「最後にお会いしたのは、航志朗さんが中等部を卒業してイギリスに旅立つ前でしたよね」
「そうだったな。その時、容はまだ小学生だったんだよな」
ふたりを黙って見ていた安寿に航志朗が言った。
「俺たち、私立の同じ学校に通っていたんだ。鳩の羽がデザインされた校章を詰襟につけて」
突然、大きく声を張りあげて容が言った。
「そうなんです。安寿さん、聞いてください! 僕が初等部に入学したばかりの時、当時六年生の航志朗さんは僕を助けてくれたんですよ!」
航志朗は苦笑を浮かべた。安寿は小さくうなずいて容の話の続きを待った。
「実は、僕、その前の年の夏にアメリカから帰国したばかりで、日本語は普通に話せなかったし、ひらがなもカタカナもぜんぜん書けないし、それに髪の色が金髪に近くて。受験には合格したものの、なかなか周囲になじめなかったんです。それで、入学早々にクラスメイトにいじめられたんです。まあ、よくある話ですが」
軽い口調で容は語ったが、容の瞳には哀しい色が浮かんでいた。思わず安寿は表情を硬くした。
「それを祖母から相談された航志朗さんはいきなり僕のクラスに来ると、僕の隣の席に腕を組んで座って僕を守ってくれたんです。それもクラスメイトがいじめなくなるまで、一日中、一年生のクラスに黙ったまま居座って。僕と航志朗さんの担任がどんなに説得しても、航志朗さんは何も言わずに僕の隣に座り続けてくれました」
「ああ、忘れてた。そういうこともあったな」
航志朗ははっきりと思い出したがはぐらかした。もう遠い過去のささやかな武勇伝だ。
安寿は素知らぬ顔で梨をかじっている航志朗の顔を見て思った。
(きっと、子どもの頃の航志朗さんも瞳の色のことで傷ついていたから、容さんの気持ちが痛いほどわかったんだ)
容は手を合わせて「いただきます」と言って、楊枝が刺さった梨を取っておいしそうに口にした。安寿も楊枝をつまもうとしたが、航志朗に止められた。
「安寿、君はおあずけだ。梨は身体を冷やすからな」
その言葉に容は胸をどきっとさせて思った。
(まさか「おめでた」なのか、安寿さん!)
安寿は少し頬をふくらませて小声で文句を言った。
「大丈夫ですよ、航志朗さん。もう過保護なんだから。ただの生理なのに」
容が耳をすまして聞いていることに気づいて安寿は赤くなって下を向いた。
(なんだ、生理か。ああ、びっくりしたな)
ひそかに容は胸をなで下ろした。容は視線を左腕に落として腕時計を見た。クラシックなデザインの腕時計は祖父の形見だ。急に生真面目な表情になって容は言った。
「航志朗さん。さっそくですが、ご注文のお品をお持ちしましたのでお納めください」
(「ご注文のお品」?)
安寿は容の言葉を疑問に思った。航志朗からは何も聞いていない。
玄関で待ちわびていた安寿は目を見開いて驚いた。
「容さん!」
「安寿さん、こんにちは」
容は嬉しそうに顔をほころばせた。
航志朗はLDKに容を案内すると気さくに声をかけた。
「容、お腹空いてないか? お昼の残りものでよかったら、うどん食べないか?」
「それはありがたいです、航志朗さん。遠慮なくいただきます!」
ダイニングテーブルの上で大ぶりの梨を器用にペティナイフでむきながら、航志朗は煮込みうどんを平らげた容に言った。
「驚いたよ。君がわざわざ直接届けてくれるなんて。まあ、久しぶりに再会できたから来てくれて嬉しいよ。何年ぶりかな? 容と会うのは」
「最後にお会いしたのは、航志朗さんが中等部を卒業してイギリスに旅立つ前でしたよね」
「そうだったな。その時、容はまだ小学生だったんだよな」
ふたりを黙って見ていた安寿に航志朗が言った。
「俺たち、私立の同じ学校に通っていたんだ。鳩の羽がデザインされた校章を詰襟につけて」
突然、大きく声を張りあげて容が言った。
「そうなんです。安寿さん、聞いてください! 僕が初等部に入学したばかりの時、当時六年生の航志朗さんは僕を助けてくれたんですよ!」
航志朗は苦笑を浮かべた。安寿は小さくうなずいて容の話の続きを待った。
「実は、僕、その前の年の夏にアメリカから帰国したばかりで、日本語は普通に話せなかったし、ひらがなもカタカナもぜんぜん書けないし、それに髪の色が金髪に近くて。受験には合格したものの、なかなか周囲になじめなかったんです。それで、入学早々にクラスメイトにいじめられたんです。まあ、よくある話ですが」
軽い口調で容は語ったが、容の瞳には哀しい色が浮かんでいた。思わず安寿は表情を硬くした。
「それを祖母から相談された航志朗さんはいきなり僕のクラスに来ると、僕の隣の席に腕を組んで座って僕を守ってくれたんです。それもクラスメイトがいじめなくなるまで、一日中、一年生のクラスに黙ったまま居座って。僕と航志朗さんの担任がどんなに説得しても、航志朗さんは何も言わずに僕の隣に座り続けてくれました」
「ああ、忘れてた。そういうこともあったな」
航志朗ははっきりと思い出したがはぐらかした。もう遠い過去のささやかな武勇伝だ。
安寿は素知らぬ顔で梨をかじっている航志朗の顔を見て思った。
(きっと、子どもの頃の航志朗さんも瞳の色のことで傷ついていたから、容さんの気持ちが痛いほどわかったんだ)
容は手を合わせて「いただきます」と言って、楊枝が刺さった梨を取っておいしそうに口にした。安寿も楊枝をつまもうとしたが、航志朗に止められた。
「安寿、君はおあずけだ。梨は身体を冷やすからな」
その言葉に容は胸をどきっとさせて思った。
(まさか「おめでた」なのか、安寿さん!)
安寿は少し頬をふくらませて小声で文句を言った。
「大丈夫ですよ、航志朗さん。もう過保護なんだから。ただの生理なのに」
容が耳をすまして聞いていることに気づいて安寿は赤くなって下を向いた。
(なんだ、生理か。ああ、びっくりしたな)
ひそかに容は胸をなで下ろした。容は視線を左腕に落として腕時計を見た。クラシックなデザインの腕時計は祖父の形見だ。急に生真面目な表情になって容は言った。
「航志朗さん。さっそくですが、ご注文のお品をお持ちしましたのでお納めください」
(「ご注文のお品」?)
安寿は容の言葉を疑問に思った。航志朗からは何も聞いていない。