今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 強風が辺りを吹きすさぶ音を聞きながら、安寿は古閑家の料理人たちとともに古閑家の厨房に立ち、おにぎりを握って手伝った。

 その間、航志朗と容は子どもたちの遊び相手になって、ビニールボールを使ってサッカーのまねごとをした。広間で子どもたちは大はしゃぎでボールを蹴った。だんだん勢いを増していくその様子を見かねた五嶋が注意しようとしたが、ルリにやんわりと止められた。

 やがて、夕食の時間になった。広間にたくさんのおにぎりと具だくさんの豚汁が運ばれて、避難してきた人びとにふるまわれた。安寿と航志朗と容も一緒に食べた。白い割烹着を着ている安寿をちらっと見て、航志朗は頬を赤らめた。 

 頓着なく容が軽い口調で言った。

 「わあー、安寿さん、割烹着がよく似合ってますね! どこぞの奥さまって感じじゃないですか」

 恥ずかしそうに安寿は航志朗を上目遣いで見て、すぐに下を向いた。

 おにぎりをほおばりながら航志朗がむすっと顔をしかめて言った。

 「『どこぞの』ってなんだよ、容。安寿は俺の妻なんだけどな」

 肩を震わせながら容が謝った。

 「そうでした! すいません、航志朗さん」

 だが、こらえきれずに容は笑い出した。安寿は肩をすぼめて苦笑いした。

 「おやすみなさい」と子どもたちと言い合ってから、安寿と航志朗と容の三人はルリのアトリエに戻った。

 こじんまりとした風呂から出た安寿はアトリエと襖を隔てた奥の間に入った。初めて入る部屋だ。この部屋の存在すら知らなかった。一瞬、油絵具の匂いが鼻の奥をかすったように感じたが、すぐに気のせいだと思った。その六畳ほどの和室には黒光りする銘木で作られた小さな仏壇が置いてあり、生花が飾られている。仏壇には位牌だけが置かれていて遺影はない。
 
 (きっと、ルリさんのお兄さまのお仏壇だ……)

 自然と安寿は正座して手を合わせた。

 隣の部屋から容が航志朗に相談している声が聞こえてきた。

 「航志朗さん、部屋割りはどうします?」

 「こっちの部屋の方が広いからな。ここに二人分の布団を敷いて、向こうの部屋に一組敷くか」

 「じゃあ、僕は向こうの部屋で寝ますね。ひとりぼっちで」

 「ん? 容、もしかして台風が怖いのか。だったら、この部屋で川の字になって三人で寝ようか」

 「ほ、ほんとですか?」

 「もちろん真ん中は俺だけどな」

 「航志朗さん、夜中に安寿さんと間違えて僕の布団にもぐり込まないでくださいよ……」

 「まさか、そんなことするわけないだろ!」

 聞き耳を立てた安寿は口に手を当ててくすくす笑った。容とおしゃべりする航志朗は年上の男性ではなく大学の先輩のような近しい感じがしてきて、安寿は楽しい気持ちになった。

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